書評

【書評】芥川龍之介「蜜柑」を読む〜モノクロからカラーへの展開〜

【書評】芥川龍之介「蜜柑」を読む〜モノクロからカラーへの展開〜

「気分が晴れる」という言葉を皆さんもよく使うと思います。

誰かが身体の不自由な人の手伝いをする、誰かが席をお年寄りに譲る、子供を他人があやしているのを見る・・・
不思議なことに、気持ちが晴れると、周囲の風景もとても明るく見えますね。
それまで真っ暗な闇にありながら、ある出来事をきっかけにパッと明るくなるように感じます。

さて、「晴れる」ということは、その前までは曇っていた訳です。
少なくとも、明るいものではなかったのではないでしょうか。

そこにはどんな理由がありますか?日々の疲れ、仕事などの瑣末事、家族との関係・・・
一つに特定出来るものはないかもしれません。
もしかしたら、それらが色々と絡み合うことで、今の景色を生んでいるのかもしれません。

そんな「モノクロ」な景色を見ている方に、今回は芥川龍之介の「蜜柑」をおすすめしたいと思います。

蜜柑はこのような人におすすめ
さて、芥川龍之介の蜜柑ですがこのような人におすすめです。

●気分が晴れない人
●心温まる話を読みたい人
●梶井基次郎「檸檬」が好きな人
●風景描写の綺麗な小説を読みたい人

上記に当てはまる人にはとてもおすすめです。

気分が晴れない人にとっては、この小説の鮮やかな風景描写は心に響くものがあると思います。
その風景描写と、温もりを感じるストーリーが読む人の心を温めるのではないでしょうか。

作品の「色」が鮮やかに浮かび上がるという点では、梶井基次郎の「檸檬」も同じような作品と言えるでしょう。
「檸檬」が好きな人にもおすすめです。
寧ろストーリー設定では、「蜜柑」の方が共感しやすいかもしれません。

芥川龍之介の作品の中では「らしさ」は薄いかもしれませんが、爽やかな読後感を与える名作です。

著者紹介

芥川龍之介は大正時代に活躍した日本の小説家です。
「羅生門」「鼻」「芋粥」「藪の中」など、多くの優れた短編小説を生み出した「短編の名手」とも言われています。

作品の特徴として、「エゴイズム」「醜さ」といった人の「内面」を短編の中であざやかに描いているものが多いです。
いつの時代にも共通する深いテーマでありながら、それを簡潔に、わかりやすく纏めています。

優れた作品を多く残した芥川ですが、家族内の問題や金銭関係のトラブルに巻き揉まれ、精神を壊してしまいます。
結局最後は睡眠薬を大量に服用して自殺してしまいました。
死ぬ間際の一言「ぼんやりとした不安」は有名です。

芥川作品をざっくり分けると、
羅生門・芋粥のような歴史物を中心とした「初期」
芸術至上主義を打ち出して、長編にもチャレンジした「中期」
そして精神を病み始め、告白的自伝を描き、人生を振り返り始めた「後期」
に分類されます。

本作蜜柑は芥川作品では「中期」に当たります。
芥川は本作品をエッセイと考えていたようであり、タイトルも元々は「私の出偶った事」でした。
比較的精神が充実し、旺盛な創作意欲の中に描かれた「蜜柑」。
だからこそ毛並みは違っても「名作」と言われるのかもしれません。

あらすじ

ある曇った冬の日、主人公の「私」は言いようのない倦怠と疲労を抱えたまま、横須賀発の上り二等客車に乗車しました。

発車間際に客車へ慌ただしく入ってきた十三四の娘。
そのいかにも「田舎娘」な風貌を主人公は好みませんでした。
風貌だけではなく、二等と三等の区別もつかない愚鈍な心も。

列車が走ってしばらくすると、トンネルの中にいるにも関わらず、例の田舎娘が列車の硝子戸を開けようとしていました。
その行為が永久に成功しないよう祈る冷酷な私の視線とは裏腹に、とうとう硝子戸は開いたのです。

その瞬間どす黒い空気がもうもうと車内に漲り、元来喉を害していた私は思い切り咳き込みました。
そこから土の匂いや枯れ草の匂いが漂い、もうすぐトンネルの外に出る事を意識できなければ、きっと娘を頭ごなしに叱った事でしょう。

しかし娘はそんな私に一向に頓着せず、じっと外を見ています。
列車が田舎の踏切に差し掛かった時、そこへ3人の男の子が並んで立っているのが見えました。
列車が通るのを見ながら、その男の子たちはいっせいに歓声を上げました。
その瞬間、窓から身を乗り出していた例の娘が風呂敷の中の蜜柑を五つ六つ、曇天の空の中へ投げたのです。

そして、その暖かな日の色に染まった蜜柑は空から男の子たちの上へ降ってきました。
その一部始終を見て、主人公は息を呑み、そして全てを了解しました。
また、切ない程はっきりとこの光景が心に焼き付けれられ、ある得体の知れない朗らかな気持ちが湧き上がってくるように感じました。

まとめ

いかがでしたか。繰り返しになりますが、

●気分が晴れない人
●心温まる話を読みたい人
●梶井基次郎「檸檬」が好きな人
●風景描写の綺麗な小説を読みたい人

当てはまる人は是非蜜柑を読んで見てください。

「蜜柑」は、芥川龍之介らしさはないものの、風景描写の妙で鮮やかなコントラストを浮かび上がらせる名作です。
曇天のモノクロの景色が、暖かなオレンジに変わる瞬間。
その爽やかな読後感を是非あなたも味わって見てください。