書評

【書評】芥川龍之介の「芋粥」を読む〜願いは叶わないことが幸せか?〜

芥川龍之介「芋粥」を読む〜願いは叶わないことが幸せか?〜

誰しも願いを持つことはあると思います。
例えば、人類の為に「世界平和」を願う人もいるでしょうし、個人での願い事を考える人もいるでしょう。
「宝くじで大金持ちになりたい」などは誰でも一度は考えるのではないでしょうか?

では、その願いが叶ってしまったら人は幸せなのでしょうか?

「〇〇大学に行きたい」と願っていた受験生。
「〇〇会社に転職したい」と願っていた社会人。

実際それが達成された時は幸せでしょう。
しかし幸せは長くは続きません。
少し時間が経てば、夢から覚めて現実の生活に染まっていくものです。

その後の現実によっては、願いが叶う前が一番楽しかったということもあるかもしれません。
あれやこれやと想像を巡らせていた時間。
夢や願いは叶う前が幸せ・・・

今回はそんなことを考える作品「芋粥」の紹介です。

芋粥はこんな人におすすめ

芥川龍之介の名作「芋粥」。
人間の願望の尊さと、その儚さを描いたこの作品は以下のような人におすすめです。

●純文学を読みだしてすぐの人
●芥川龍之介の小説の2作目・3作目を読みたい人
●人の「願望」の儚さと尊さを学びたい人
●常に「〇〇したい・なりたい」といった願望を強く持っている人

純文学の中では、短編でありわかりやすい芥川作品はおすすめです。
「いきなり長文はちょっと・・」と考えるライトな層にはうってつけの作品でしょう。

また、「羅生門」や「蜘蛛の糸」といった作品から入った人は、その延長として読み進めていくのもおすすめです。
いずれも人間心理を鋭く描いている為、同じテーマを持つ「芋粥」は抵抗なく読めるでしょう。

そしてこの作品は「願望」に対して鋭く描かれた作品です。
「夢が叶ったら人はどうなるのか?」そんな心理に興味を持っている人や、夢想に熱中している人は冷静さを取り戻せるかもしれませんよ?

著者紹介

芥川龍之介は大正時代に活躍した日本の小説家です。
「羅生門」「鼻」「藪の中」など、多くの優れた短編小説を生み出した「短編の名手」とも言われています。

作品の特徴として、「エゴイズム」「醜さ」といった人の「内面」を短編の中であざやかに描いているものが多いです。
いつの時代にも共通する深いテーマでありながら、それを簡潔に、わかりやすく纏めています。

芥川作品をざっくり分けると、
羅生門・鼻のような歴史物を中心とした「初期」
芸術至上主義を打ち出して、長編にもチャレンジした「中期」
そして精神を病み、告白的自伝を描いて人生を振り返る「後期」とあります。

今回の「芋粥」は1916年に描かれました。
初期の作品に多く見られるように、この作品も古典「今昔物語集」から題材を取りました。

あらすじ

時は平安時代の元慶か仁和の頃。
主人公は摂政藤原基経に控える五位という位の者です。

この主人公はともかく風采の上がらない男でした。
見た目はともかく非凡でだらしなく出来上がり、周囲から蝿ほどの注意も払われない。
更に周囲から色々と揶揄されていても、五位は一向に気にしないでいます。
周囲のものだけでなく、子供からも簡単に言えば「なめられてる」存在・・

そんな彼が五、六年前から異常に執着しているもの、それが「芋粥」です。
上は万乗の君の食事に供されるものである為、五位のような人が食べれるのは年に一度程。しかもごく僅かな量のみで、とても満足な量は食べられない・・。

「いつか飽きるまで芋粥を飲みたい」という彼のささやかながらも強烈な願い。

しかし五位のその願いは案外簡単に叶えられることになってしまいます。
ある集まりでのこと、五位の願いを聞いた藤原利仁が「そこまで言うなら飽きるまで食べさせよう」と提案します。

利仁に連れられ遥々京都を超えて福井の敦賀まで、やってきた五位。
利仁の館で朝を迎えた五位が見たのは、文字通り山のように積まれた山の芋。
これが全て芋粥になることを考えた五位は、自分の中で食欲が減退していることに気づきます。

しかし、折角の提案を無下にすることはできません。
その為に遥々と敦賀の地まで来たのだから・・・

しかし考えれば考えるほど食欲は失せ、結果的に食事の場では殆ど一椀も飲み干せずに終わります。

そこで五位は考えます。
同じ役人や挙句子供にまで馬鹿にされながらも、「いつか飽きるまで芋粥を飲みたい」と言うたった一つの願いを大事に守って来た自分が幸せだったことを・・・・。

話題の中心が自分からそれて、「もう芋粥を飲まなくて済む」と安心した五位は、敦賀の寒い朝が染みたのか、大きな嚔をするところで物語は終わります。

まとめ

いかがでしたか?
芋粥に描かれているのは、平凡でうだつの上がらない人が大切に持ち続けて来た願いの尊さです。

「願いは叶う前が幸せ」そんなことを改めて考えさせられます。

「人間は時として充たされるかわからない欲望のために、その一生を捧げてしまう。」
芥川はそのように透徹した視線で五位を見ていました。
冷静でありながらも鋭い視線を絶やさず、短い話の中に収める。

芥川小説の面白さはそのような人間心理への鋭い視線に醍醐味があるのかもしれませんね。