書評

【書評】芥川龍之介「鼻」を読む〜他人の不幸は蜜の味〜

【書評】芥川龍之介「鼻」を読む〜他人の不幸は蜜の味〜

インターネットの進展により、オンライン・オフラインでの人の交流は増えました。
同時に、新たな問題も発生しています。

例えば、ネットの掲示板による特定の個人への誹謗中傷。
匿名性を利用し、多くの人間を巻き込んだ行き過ぎた攻撃は「ネットリンチ」と言われるほど過激さを増しています。

また、ネット掲示板の中には多くの「妬み」の感情が横たわっています。
「他人の不幸は蜜の味」と言うように、人は昔から他人の不幸やコンプレックスを話の種にして会話に花を咲かせてきました。
ネットでは成功者や有名人が失敗することを糾弾して「メシウマ」と呼んでいます。

誰かが失敗したときや、誰かを引きずり下ろした時の何とも言えない喜び。
多くの人がそのような気持ちを一度は持ったことがあるのではないでしょうか?

今回はそんな「妬み」についての人間心理を描いた名作「鼻」を紹介します。

小説「鼻」はこんな人におすすめ
芥川龍之介の名作「鼻」は以下のような人におすすめです。

●人間の「願望」「妬み」「コンプレックス」を題材にした小説を読みたい人
●芥川龍之介の小説が好きな人
●純文学を読みたいけど、短文が読みたい人
●わかりやすい小説が好きな人

一言で言えば、人間心理の嫌らしいところを短く・簡潔に書かれている小説です。

また芥川龍之介の小説に言えることですが、短文でありながらも深みがあるため、
純文学のエントリーとしてもおすすめです。

著者紹介

芥川龍之介は大正時代に活躍した日本の小説家です。
「羅生門」「芋粥」「藪の中」など、多くの優れた短編小説を生み出した「短編の名手」とも言われています。

作品の特徴として、「エゴイズム」「醜さ」といった人の「内面」を短編の中であざやかに描いているものが多いです。
いつの時代にも共通する深いテーマでありながら、それを簡潔に、わかりやすく纏めています。

芥川作品をざっくり分けると、
羅生門・芋粥のような歴史物を中心とした「初期」
芸術至上主義を打ち出して、長編にもチャレンジした「中期」
そして精神を病み、告白的自伝を描いて人生を振り返る「後期」とあります。

今回紹介する「鼻」は、1916年に発表された作品です。
夏目漱石から激賞されたことで、芥川龍之介の名が文壇に知れ渡るきっかけとなりました。

芥川作品は古典などを題材にして小説を構成しているものが多いです。
本作も「今昔物語」、「宇治拾遺物語」から題材をとっています。

あらすじ

池の尾の禅智内供の鼻は、その長さで有名です。
その鼻は顎の下まで垂れ下がっており、さながら細長い腸詰めがぶらさがっているよう。

五十歳を超えた内供は、始終この鼻に頭を悩ませていました。
一応平気そうな顔をしているのは、「自分が鼻を気にしている」というのを人に知られるのが嫌だったからです。

実生活においても不便極まりない長い鼻は、彼の自尊心を大いに毀損しました。

同じような鼻を持つ人はいないだろうかと、寺へ出入りする人を見て注目するのは「鼻」ばかり。
昔の人で自分と同じような鼻を持っている人はいないだろうかと、古典を読んでも気にするのは「鼻」ばかり。

勿論実際に鼻を短くする方法も色々と試しました。
しかしあらゆる方法を試しても、彼の鼻は決して短くなりませんでした。

ある時弟子の一人が都へ行った際、医者から鼻を短くする方法を聞いてきました。
それは「お湯で鼻をゆで、その鼻を人に踏んでもらう」という極めて簡単な方法です。

半信半疑ではあったが、実際その方法を試すと、あれだけ自分を苦しめてきた長い鼻はうそのように短くなりました。
「もう誰も哂うものはいないはず」そんな気持ちと、悩みが晴れてスッキリとした心持ちで彼は大変満足しました。

ところがです。二三日経つと、なぜか寺の者が自分の花を以前にも増して笑うのです。
「見慣れないだけかな」と最初は思いましたが、どうやらそれだけではなさそう・・・。

寺の人は彼の鼻が普通になったことで、「なんとなく物足りない」と感じていたのです。
そして彼は寺の人たちのそのような気持ちに勘づいて、次第に不機嫌になっていきました。

あれだけ欲しかった普通の鼻。
しかし精神衛生上は、長い鼻を持っていた時代のほうが良かったのかもしれない・・・。
彼はそんなことを考えるようになりました。

或る夜のこと、彼は自分の鼻がいやにむず痒く感じます。
「もしかしたら熱でも持ったのかも」彼はそう考え、眠ります。

そして翌朝目が覚めると、忘れかけていた「あの感覚」が蘇っていることに気づきました。
今の自分にあるのは普通の鼻ではなく、憎いくらい長い鼻です。
この時、鼻を短くした時と同じような晴れ晴れした気持ちが彼の中で芽生えていました。

そしてこう思うのです。

「もう誰も哂うものはいないはず」と。

まとめ

芥川の名作「鼻」。

「他人の不幸は蜜の味」という人間心理の嫌らしさと、願いが叶う前後での禅智内供の心境の違いが鮮やかに描かれています。

芥川は作品の中で「傍観者の利己主義」という言葉を使い、他人の不幸を楽しむ人の気持ちについて触れています。
人間て嫌な生き物だな〜と感じると共に、もしかしたら自分もそのような気持ちになって加担しているのかもしれません。

「傍観者の利己主義」
あなたも知らずのうちに毒されているのかもしれませんよ?