書評

「月の満ち欠け」を読んでみた感想!強い愛が命をつなげていくと思う人にオススメの本!

「月の満ち欠け」を読んでみた感想!強い愛が命をつなげていくと思う人にオススメの本!

少しファンタジーの要素もあり、前世や来世、生まれ変わりといったものに少しでも興味がある方なら(もし、なくても)グイグイ物語の世界に惹きこまれてしまう作品です。
“何度でも生まれ変わる。あなたに会うために……。
”きっと私を待っていると確信するほどの強い愛につながれて、命をつなぎ、30年を超えてやっと会えた2人の愛の軌跡に最後は落涙してしまいます。
そんな風に、強い愛は命をつなげていくのだろうか?みたいなことを夢想されたい方に是非オススメの作品です。

①怖いもの見たさで始まる冒頭シーン

「コーヒーを」と店員に伝えた。
するとその声にかぶせるように娘が口をはさんだ。
どら焼きが美味しいんだよ、と聞き取れた。
「煎茶とどら焼きのセットにすればいいのに」
娘はすまして意見し、彼の視線を捉えた。
「どら焼き、嫌いじゃないもんね。あたし、見たことあるし、食べてるとこ。一緒に食べたことがあるね。家族3人で」
店員をふくめ、大人たちが息を呑む間があった。

これは「月の満ち欠け」の冒頭3分くらいのシーンです。
7歳の少女・緑坂るりが、初老の小山内堅に言います。

「どら焼き好きでしょう。コーヒーはブラックだよね」

二人は初対面の関係です。
なのにこの発言……「何だこの子は?」と少し怖さと違和感を感じます。
自分の家族との記憶を、知らない女の子に、会ってものの3分で言い当てられたような経験はほとんどの人がないだろうし、そんなことが起きたらひどく不気味ですよね。
だからこそ、この冒頭3分の出だしのミステリアスなやり取りに惹かれ、この先どうなっていくのか不安になりながら、つい読み進めてしまう人物設定が面白くて見どころです。

またこの壮大なラブストーリーのラストの方で、もう一度、7歳のるりから「忘れちゃだめだよ、どら焼き(家族で)食べたこと!」と言われるこのシーンも見どころです。
家族で普段行っている他愛もない日常を愛おしさを感じることができます。

②違和感なく生まれ変わりを信じることができた理由

「うまく言えないけど。だけど、瑠璃の目つきが」
「目つきがどうした」
「ちょっと、いままでと違うと思う」
「どう」
「そうね」妻は言葉を探した。
「いままでより、思慮深い目をしてる、よく言えばだけど」
「そうは思えないな、僕には」
「今日、堅さんの留守中にね、一回だけ、その目をしてあたしを見たの。ぞっとするくらい、おとなびた目で。あたしは訊いてみただけなのよ、アキラくんはどこから来たの?そしたら瑠璃がこっちを振り向いて、なんにも言わずに、あたしの顔をじいっと見た。顔色をうかがうような目で。心の中を見透かすような目で。この人に何を話せばいいのかな?悪い言い方をすれば、赤の他人を見るような目で。……やっぱりうまく言えない。けど、いままでとは違う、それは確か」

これは、小山内堅が“娘の瑠璃”が7歳の頃に起きた異変について、妻の梢が語っているシーンです。

生まれ変わりを信じる、信じないということはある種オカルト的に捉えられて、純粋な文学として輪廻転生を表現することは難しいのではないかな?
と個人的には思います。
実際に瑠璃の父親である小山内堅は娘の異変を特におかしいとは思わず、妻の方が気がおかしくなったと捉えるようになります。

ですが、この「月の満ち欠け」では最初に自分の子供の前世のようなものの存在に気づき、疑念を持つ小山内の妻の発言や行動が純粋で率直だからこそ、自然に違和感なく物語に感情移入させられます。

梢さんのおかげで、「もしかしたらそんな運命を背負った子供がいるかもしれない」と現実に思えてくるところも見どころです。

③壮大なラブストーリーのきっかけを作るのは“さり気ないもの”

三角くんは東京の子?両親はご健在?
「え?はい、両親はいちおう」
この近くに?
「いえ僕、出身は八戸ですから、青森県の」
「あら!」名前も知らない女が振り向きざま声をあげた。
それまでがしっとしとした、室内で静かに本でも「朗読するような声で、文字通り耳を傾けるようなつもりで人のそばに立っていたので、これは歓声、と呼びたいほどの素の声に聞き取れた。彼女の息が耳にかかったような気さえした。
「どうしたんですか」
「あたしも生まれは青森だよ」明らかに声のトーンが変わり、早口になっていた。「中学からは別だけど」
「青森の、どこですか」
「津軽のほう」と彼女は答えた。
「ああ」
「ああ、なんだ津軽か。いまそう思った?」
「いえそんな……」
「八戸は南部だものね」
「ま、そうですけど」
「いちご煮が有名なんだよね?」
「よく知ってますね」

「生まれた土地は津軽でしょう?」「だって生まれた土地の名物だもの」
「あ、あっぱりそんなふうに言うんだ。突き放すんだね、津軽の人間を、南部の人は」
本心ではないとわかったので三角は自然に笑うことができた。

少し長いんですが、このお話の大事な部分なので長く引用しました!
というのも、このシーンが全体の壮大なラブストーリーの始まりなんです。

「月の満ち欠け」は4人の瑠璃(最初の瑠璃から、3人の女性に命のバトンが移っていきます。
また正確には3人目は瑠璃と名付けてもらえず、別の名前で生まれていますが)と、3人の男性が関わり、自制も行き来するので、少し複雑な構造になっています。
ですが、軸としてあるのはこの三角くんという20歳の大学生と27歳の正木瑠璃のラブストーリーなんです。

生まれ変わってもこの人に会いたい!またあなたに出会ってあなたを愛するのだ。
そして私があなたを探し出したらあなたも私に気づく。
という強い信念がこの物語を貫いているから感動するわけなんですね。

そんな壮大なラブストーリーの最初の出会いが、上記に引用したさりげな~い会話なんです!

“いちご煮”ってご存知ですか?私はこの話を読むまで知りませんでした。
きっと、このいちご煮のことを多くの読者は忘れないと思います。
物語の中で、最後の最後までいちご煮が大事なキーワードになっているからです。

他愛もない会話から生まれた“いちご煮”という言葉が、この先、ずっと忘れられないエピソードとして心に残っていきます。
その、何というか佐藤正午さんの言葉の選び方のセンスが私は好きです。

また、いちご煮のやり取りの後、2人の間に幸せな時間は少し訪れるのですが、あっという間に27歳の瑠璃さんはこの本のタイトルの「月の満ち欠け」のように、“月のように死んでしまう”生き方を選びます。
そして、今世に残された三角くんは“新月のように生まれ変わり”もう一度別人として自分の前に現れてくれる“瑠璃さん”を待ちます。
ある言葉を合言葉にする約束をして……。

④もしかしたら自分の周りにも?!ハッとさせられるシーン

「生まれ変わってでもアキヒコくんと会いたい、そう念じて、あたしがこうなったのなら、愛の深さが条件なら、ほかにも生まれ変わる資格のある人はたくさんいるよ。小山内さんの奥さんだって、愛の深さではぜんぜん負けてないし、有資格者のひとりだよ」

これは、冒頭の緑坂るりと小山内堅の会話が2時間近くたち、物語でいうとほぼラストの方に出てくる台詞です。
娘の瑠璃と妻の梢を亡くしてから、ある種心の整理をつけ、もう惑わされたりかき乱されたりしたくない、“愛する人を失った側の人間”の苦悩を背負った、小山内堅の心に小さな変化をもたらすような役割をしています。
私はここでグッと胸がしめつけれらました。

また、小山内堅のキャラクターはとても骨太というか、簡単には生まれ変わりなんて信じません。
すごく論理を重んじて常識的なキャラクターだからこそ、そのリアリティがグッとくるのです。

⑤最後の一言まで、漏らさず聞いてほしいクライマックス

結局、用意してきた台詞を彼女はひとつも口にできなかった。
息苦しさに喉をふさがれ、言葉を失っている少女に向かい、彼は笑顔でうなずいてみせた。
その笑顔は、いいんだ、何も喋らなくても、もうわかっているから、と励ますように少女には受け止められた。
瑠璃さん、と静かに呼びかける声が少女の耳に届いた。
ずっと待ってたんだよ、と彼は言った。

これは本当にラストページの引用です。
もし生まれ変わりがあるとして、7歳の子供に生まれ変わっても、前世で恋人だった人に会いにいくというのは難しいことです。
そんなこと話して誰が信じてくれるのか?
子供の自分の話を信じて協力してくれる大人がどれだけいるのだろうか?

4人の瑠璃は生まれ変わって何度も三角くんに会いに行こうとしますが、その途中で色々なことに妨げられ会うことができませんでした。
そんな苦労の中、やっとラストで会えるのですが、その描写が細かくて温度感覚まで伝わってきて、動いているような躍動感さえ感じます。
最後の「ずっと待ってたんだよ、と彼は言った。」を映像にするならどう撮るのでしょうか。

まとめ

もし最愛の人を突然の事故でなくしてしまったら、自分はその運命をどう受け入れて生きていくのだろうか。
また、もし自分が愛する人を残して亡くなってしまい生まれ変わることができたら、前世で彼を愛した証を伝えにいこうとするだろうか?
強い情熱のような愛情と現実を行き来したい方、ロマンチックな現象を信じてみたい方、何より想い合える存在がいるって素敵だなと思える方にオススメの作品です!