書評

宮下奈都さんの「羊と鋼の森」を読んだ感想と見どころ!

宮下奈都さんの「羊と鋼の森」を読んだ感想と見どころ!

この小説は外村という青年が高校のときにピアノ調律師の板鳥に出会ったことをきっかけに調律師という仕事に魅了されます。
外村は調律師を目指し、ついに調律師として働き始めることができました。
そんな外村が板鳥を始め、さまざまな個性豊かな先輩調律師とともに仕事を通して成長していく物語となっています。

また、2018年には映画化されたことでも話題になりました。
綺麗な表現の文章が多く、読みやすいためどんな人にもおすすめできますが、特に今、夢を追いかけている人や何かに全力で頑張っている人にはぜひ読んでほしい小説となっています。

森の匂い?

森の匂いがした。秋の、夜に近い時間の森。
風が木々を揺らし、ざわざわと葉の鳴る音がする。
夜になりかける時間の、森の匂い。
問題は、近くに森などないことだ。
乾いた秋の匂いをかいだのに、薄闇が下りてくる気配まで感じたのに、僕は高校の体育館の隅に立っていた。

この文章はこの小説の冒頭文です。
詩的できれいな文章だと思いませんか?
この文章は一体何を意味しているのだろうと最初は思ったのですが、実はこの文章はピアノを表現しています。
ピアノをこのような文章で表現することに私は驚きましたし、綺麗な表現で印象に残りました。

ピアノを森と表現したのは、この小説の主人公である外村です。
高校生だった外村は放課後、先生に頼まれ、調律師の板鳥を体育館にあるピアノに案内します。
そこで、板鳥がピアノを調律する姿を見て、ピアノの調律師を目指すことを決めるのでした。

高校卒業後、板鳥に薦められた調律師の学校に入学・卒業し、運よく板鳥のいる楽器店に就職することになります。
そこから、外村の調律師としての仕事が始まり、いろいろなお客さんの依頼を先輩調律師と一緒に受けながら、成長する姿が描かれています。
外村のピアノを森に例える感性などが素敵で、読んでいて気持ちが良かったです。
実は「羊と鋼の森」というタイトルもピアノを表しています。
羊と鋼というのはピアノのハンマーと弦のことを意味しており、タイトルもピアノにちなんでつけられたようですね。

調律師として…

「こつこつどうすればいいんでしょう。どうこつこつするのが正しいんでしょう」
「この仕事に、正しいかどうかという基準はありません。正しいという言葉には気をつけたほうがいい」

この場面は店のピアノで外村が調律の練習をしているときものです。
調律がうまくいかない外村が、板鳥に焦ってはいけない、こつこつと積み重ねるしかないと言われた後の会話です。
私は調律師の仕事とはお客さんの要望を受けて、音を正しい音階に合わせることだと思っていたため、この文章を読んだときは少し違和感を感じていました。
しかし、小説を読み進めていくうちに、それが必ずしもそうとは限らないということが分かり、板鳥の言いたかったことが分かるような気がします。

誰もが正しいやり方というものを気にする中で、この言葉が出てくる板鳥には感心させられました。
試験とは違って、仕事には正解のないものが多くありますから、この言葉はどんな仕事をしている人にも当てはまるものなのではないかと思います。

調律師にとって理想の音

「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少し甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体」

これは外村が板鳥に目指している音について尋ねたときに、板鳥が返した言葉です。
もともとは小説家の原民喜がこんな文体にあこがれていると書いたものでした。
ですが、これが板鳥の理想としている音を的確に表しているそうです。
これもまた、綺麗な文章で外村がこんな音を調律で作り出す板鳥にあこがれるのも無理はないですよね。

惜しむべきはこれが小説で、実際に板鳥の調律する音が聞けないのが残念です。
映画は見ていませんので、一度どんな音になっているのか映画を見て聞いてみるのも良いのかなと思いました。
また、この文章は板鳥の理想とする音だけではなく、「羊と鋼の森」という小説全体の雰囲気も表しているような印象を受けました。
読み進めれば進めるほど、その印象は強く感じ、最後まで読み終えたときはこれほど「羊と鋼の森」という小説を的確に表現している言葉はないのではないかと思うほどです。

ピアノを食べる

「ピアノで食べていける人なんて一握りの人だけよ」
「ピアノで食べていこうなんて思ってない」
「ピアノを食べて生きていくんだよ」

これは一人の少女がプロのピアニストを目指すことを決意したときの母とのやりとりで、
個人的には板鳥の目指す音について言及した場面と同じくらいに好きな場面です。
ピアノで食べていける人は一握りの人間だけという言葉に対して、ピアノを食べて生きていくという言葉を返した少女の決意に心を打たれました。

ピアノで食べていくという表現はよく聞きますが、ピアノを食べていくという表現は初めてで、非常に印象に残る言葉です。
ピアノで食べていくというのは生きる上での、あくまで手段という印象を受けますが、ピアノを食べるという表現にはこの少女が本当にピアノが好きで、私はピアノと共に生きていくという決意表明の印象を受けました。

まとめ

ピアニストが主人公の小説は多くありますが、ピアノの調律師にスポットライトを当てた小説はあまりなく新鮮でした。
外村が調律師として、ひたむきに努力し、少しずつ成長する姿には胸が熱くなります。
詩的で美しい文章が多く、小説の雰囲気も綺麗でありながら、読みやすいため、世界観にすぐ入りこめました。
そのため、普段本をあまり読まない人もこの本であれば、読みやすいのではないかと思います。

特に今、夢を目指し努力している人はもちろんのことですが、何かに好きなものや仕事に打ち込んでいる人にもぜひ読んでほしい小説でした。
そして、小説を読み終えるころには、自分も勇気づけられ、また一歩ずつ頑張ろうと思えるようなここを温まる作品です。
宮下奈都さんの「羊と鋼の森」を皆さんもぜひ手に取って読んでみてください。