書評

海はワイン色!?『言語が違えば、世界も違って見えるわけ』

海はワイン色!?『言語が違えば、世界も違って見えるわけ』

私たちは言語を使ってコミュニケーションをとっています。
同じ言語の同士であれば、同じものは同じ名前で呼ぶので問題なく通じます。
しかし言語が異なるとそうはいきません。

日本語では表現しづらい外国語もあります。
例えばドイツ語の「アウフヘーベン」は日本語で「止揚」「揚棄」と訳されますが、一般の人は日本語にされても意味は分からないでしょう。
逆に「カラオケ(Karaoke)」など日本語のまま海外で使われている言葉もあります。

本書は、そこからもう一歩進んだ内容の本です。虹の色数が言語圏により異なるのは有名です。
私たちは、言語というレンズを通して世界を見て、言語を通してしかそれを他者に伝えることができないことを明らかにしています。

●ワイン色の海、緑色のハチミツ

少々時代錯誤な表現を使わせてもらうなら、ホメロスと同時代人たちは世界を総天然色というより、白黒に近いものとして知覚していた、というのがグラッドストンの結論だったのだ。

古代ギリシアの詩人ホメロスについての研究者グラッドストンは、叙事詩『イリアス』『オデュッセイア』で色彩について奇妙な表現があることに気づきました。
海の色を「ワイン色」と表現しているのです。
単にこれだけであれば「ホメロスの詩的な色彩表現」とすることもできます。

しかし、同じワイン色として表現されているものは他には1つだけで、それは牛でした。
また海、羊、鉄について「すみれ色」と表現しています。
さらに「緑色」では、折れた小枝、オリーブの木で作った棍棒、そしてハチミツに使われています。
空については「鉄色」「銅色」と表現され、青色とは一度も書かれていません。

またこの2つの詩では、黒が約170回、白が約100回使われていますが、赤は13回、黄色は10回、すみれ色が6回しか使われていません。
ワイン色などその他の色は、すべて合わせて6回です。
そして「青」は海や空を表すものとしてはゼロ回、つまり全く使われていないのです。

アネオスという青色を表現する単語はあるにも関わらず、なぜか髪の毛、髭や雲に使われています(これは黒っぽいものを指していると思われます)。
さらに緑色、オレンジ、ピンクも登場しません。
どういうことでしょうか。

●色彩感覚と言語

ヌビア人は、「青」を表す言葉を持たず、青い毛糸をある者は「黒」、ある者は「緑」と呼んだ。黄色、緑、灰色を区別せず、この三つを同じひとつの単語で呼ぶ者もいた。

ホメロスにせよ、ヌビア人にせよ、この奇妙な現象の原因は色彩を表す言語にありました。色彩を表現するにはそれに対応した単語が必要ですが、逆に、対応した言語がなければ、色彩を共通認識として知覚できないのです。

インドネシアのニアス島の住民には色を表す言葉は、黒、白、赤、黄色しかなく、緑、青、紫はどれも「黒」に含まれるそうです。
本書の著者、ガイ・ドイッチャーは、長女にあえて「空の色」を教えずに育てました。
他の色は教えても、空の色についてだけは言及しませんでした。

そして生後23か月、約2歳になった長女の、良く晴れた日の空の色の答えは「白」でした。その後、「空の色は青」と教えてもなかなか定着しなかったそうです。
逆に4歳のときに真っ暗な空を「青」と表現したことがあるといいます。

●なぜ「黒・白、赤…」という順番に色の名前が生まれるのか

人間と赤い色との関係に、生物学的に見て特別ななにかがあることは疑いない。

ホメロスにせよ、ヌビア人にせよ、ニアス島の住人にせよ、黒・白を表す言語は共通して存在しています。
その次に多く存在しているのは赤であることが研究で分かりました。
しかし同じ赤でも、ベローナ語ではオレンジ、ピンク、濃い黄色について表現しています。

ところがジフト語では緑も赤に含まれます。
一方、ベローナ語では緑は黒です。
こういった違いを多数の言語で調べた結果、色彩を表す単語の発生には共通する順序があることが分かりました。
黒・白→赤→黄色→緑→青です。

ただし黄色と緑は順序が逆になる場合があります。
しかし、白・黒の次が赤なのは共通しています。
これは赤色が、生命にかかわる色だからと考えられています。
とりわけ血液です。また赤色は人間に限らず興奮を呼び起こす色でもあります。

●「カンガルー」とは何か

翌日、われわれのカンガルーは晩餐の席に連なって、その肉がきわめて美味であることを証明した。

オーストラリアに到達したイギリス人が見たことのない生き物に遭遇し、原住民に「あれは何というのか?」と質問したところ「知らない」という意味で「カンガルー」と答え、それをイギリス人は「カンガルー」という名前の動物だと思い、それが広まったという有名な話がありますが、本書ではそれは否定され、より詳細な説明がされています。

イギリス人が知らない動物の名前を尋ね「カンガルー」という言葉が返ってきたこと自体は書物から明らかになっています。
しかし、50年後にキングという別の人物が同じような質問をしたところ、全く異なる単語が返ってきたという記録があります。
そこには「minnar」または「meenuah」と書かれており、明らかに「カンガルー」ではありません。
この謎の答えは、後に「カンガルー」は灰色の大型種のみを指す単語であることが分かりました。
しかし、より驚くべきことも発覚します。
キングが原住民に動物の名前として教えてもらったと思っていた「minnar」または「meenuah」は、現地語で単に「食べられる動物」という意味だったのです。