書評

私たちはなぜ心配するのか?『心配学』を読んでみた

私たちはなぜ心配するのか?『心配学』

本書の著者はトラックドライバーから早稲田大学の助教に転身、2016年刊行時点で国立研究開発法人・防災科学研究所特別研究員という異色の経歴の持ち主です。
統計学や確率、心理学などを複合したテーマながら、ユーモアあふれる文章でとても読みやすくおすすめです。

●心配するべきか、心配せざるべきか、それが心配だ。

間違っていたらごめんなさい。

これは、本書の冒頭に書かれた文章です。
出版しておいて、いきなり「間違っているかも」という話をされるのでビックリしますが、その後に解説があります。

著者は統計学や確率、心理学などを専門としています。
一方、具体的な事例として、テロ、原子力、医学、生物学などについても書かれていますが、それらは著者の専門分野ではありません。
「間違っているかも」というのは、この専門でない分野についてです。

よく専門家が提言などしていますが、例えば新型コロナウイルスの感染爆発については、感染症、公衆衛生、日本・世界経済、買い占めなどの人間行動、デマの流通など、複合的な専門知識がないと正しい判断はできません。

そのような人はおそらく日本に1人もいませんが、専門家は自分の専門分野において正しいと思われることだけを発言したりなどします。
「専門家が感染を防ぐためにマスク着用をすすめると、買い占めが起こってマスクが手に入らない」となると本末転倒です。

その意味で、「この本に書かれていることは間違っているかもしれない」と心配しながら読むことは、本書に限らず、とても大切なことでしょう。

●わからないから心配になる

家族が予定の時間になってもなかなか帰ってきません。
携帯電話にかけても出てくれません。
あなたは「もしかして途中で事故にでも遭ったんじゃないかなあ」などと考えてだんだん心配になってきます。

上記のようなことは、日常的にあることです。
この心配は「事故に遭ったのか、事故に遭っていないのか分からない」のが心配の種です。ところが、ここでその家族が帰ってきて「いやぁ、途中で事故に遭っちゃってさぁ」というと、とても奇妙なことが起こります。

事故に遭っていないか心配していたのに、事故に遭ったと分かったとたん、その心配は消えてしまうのです(もちろん無事に生きて帰ってきた安心もあるでしょうけれど)。
つまり心配とは「分からない」から心配なのであり、分かってしまえばなくなるものだと著者は指摘しています。

●確率と心配の「ズレ」

私たちは不幸なできごとが起こきる「本当の確率」が高いほど心配になり、「本当の確率」が低いほど安心するのかというと、どうもそうではなさそうです。

本書では、死因うち10種類の原因とその割合が書かれています。
例えば海外旅行でウキウキしているけれど、飛行機の墜落が心配でたまらない人がいるとします。

しかし、統計では飛行機事故で死ぬより殺人事件で死ぬ割合が高いので、海外旅行自体の安全も心配しないと合理的ではありません。
しかしウキウキしている人は旅行先で殺されることなど心配していないでしょう。

あるいは、ハワイの海でサメに食べられて死ぬことを心配する人がいるかもしれませんが、落雷で死ぬ人のほうが20倍も多くいます。
自分が落雷で死ぬ心配をしたことがある人は、どれくらいいるでしょうか?
このように「本当の確率と心配」には大きなズレがあるようです。

●なぜメディアは私たちを心配させるのか

私たちのまわりには、私たちを心配させる情報が溢れています。

例えばテレビは収入減がCMの広告ですから、視聴者の興味をひくことが必要です。
そのためにはショッキングな内容のほうが適しています。
例えば自然災害が起こった際、周囲のほとんどはそれほど大きな被害はないのに、被害状況が酷い一部の地域や場所だけを取り上げたりします
細い川沿いにある何の被害もなく建っている家には触れず、川の反対側の倒壊した家だけを映したりします。

また「想定外」という言葉が問題視されるなど、あまり「大丈夫です」とは言えない雰囲気が世間に漂っています。
リスクがあることを強調して放送しておけば、後からその番組が批判されることがない、という理由もあるようです。

テレビで医師が「手洗いを徹底すればある程度は感染を予防できます」というと、コメンテーターなどが「手洗いを徹底したら安心ということですか?」などといった質問をしたりします。
既に述べた通り、「実際に感染するまで心配」なのは当たり前で、的外れな質問です。
しかし、そういった質問をすることで「絶対に安心ではない」と専門家の口から言わせることが目的の質問なのかもしれません。

●心配しすぎず、安心しすぎず生きるには

本書の最後では、心配しすぎず、安心しすぎない方法について書かれています。
いくつか紹介します。
まず「危険感受性」を高めることが必要とあります。
最近は「××は危険だから禁止」ということが多く、そもそも危険を体験できないことが多くなっていますが、それでは「危険感受性」を得ることはできません。

「行動を事前に決めておく」という方法も紹介されています。
例えば災害などがあり家に帰られない状況になった場合に、家族が集まる場所を決めておくのも心配を減らす方法です。
他にも「あらかじめ仕入れられる情報は仕入れておく」「できることは先にやっておく」などが紹介されています。
また「話を聞いてもらう」という方法で心理的な安心を得たり、客観的な視点を得ることも薦めています。
「私たちはリスクを正しく捉えられず、心配は間違っているかもしれない」という発見が得られる本です。