書評

【中世の謎の騎士団の実態に迫る!『テンプル騎士団』

中世の謎の騎士団の実態に迫る!『テンプル騎士団』

テンプル騎士団は、12世紀初頭に、十字軍から派生した団体です。
王家を支えるほどの財産基盤を持ち、現在の多国籍企業の源流ともいわれています。
また、フリーメイソンなどの団体の源流という説もあります。

●十字軍のイェルサレム襲撃

1099年、第一次十字軍は、突如パレスチナに出現し、まったく戦意のなかった当時世界最大の都市押しであった、イェルサレムを陥落させる。

現代のキリスト教とイスラム教の対立にまで及ぶ、最初の原因ともいえるのが、キリスト教国のローマ帝国が派遣した十字軍です。
イェルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地ですが、実は十字軍以前は宗教ごとに争うことなく聖地巡礼が可能だったといいます。それどころかイスラム教はキリスト教に対好意的だったようです。

当時のイスラム圏は、キリスト教圏よりも文化的にも経済的にも発展していました。
その中心地のイェルサレムで十字軍は掠奪と虐殺を行います。
その死者数は、イスラム教側の記録では10万人、キリスト教側の記録では1万人となっています。

第三次十字軍では、リチャード獅子心王の下、イスラムの英雄サラディンとの交渉が長引くと、毎日2,000~3,000人の捕虜を殺害したとされています。
しかし、十字軍が広大な東アジアを侵攻し続けることは難しく、最終的には十字軍は敗退、撤退することになります。

●イスラム圏に溶け込んだ十字軍

第一次十字軍で近東に住み着いた人々は、現地の生活に溶け込んでしまい、十字軍と巡礼者の別なく、進んでイスラム文化に同化する。

さて、上記の通りイスラム教圏は、キリスト教圏よりも文化的にも経済的にも非常に裕福でした。
そのため十字軍の中には逆にイスラム教圏にあこがれ、そのまま同化する人々が現れます。これがテンプル騎士団の原型です。
ちなみに、マケドニアのアレクサンドロス大王も、ペルシアを占領したもののその文化に惹かれ、ペルシア様式の生活を送りました。

●テンプル騎士団の創設

この会則がまったく新しい性質を持ち、欧州の組織運営を抜本的に変革し、近代的マネジメントの先駆となるとは、創立者自身も気がつくはずがない。

1118年、フランスの騎士、ユーグ・ド・ペイアンにより8名の修道士会を結成します。イェルサレム国王は、この修道会にソロモン神殿の広場近くの土地を与えたので「テンプル騎士団(神殿騎士団)」と呼ばれることになります。
その会則では、修道会としては初めて中央統制の本部と支部をつくり、管理区域を定めます。
これは企業でいう本社と支社の関係です。
また現代の企業などでも見られる「のれん分け」も行われます。

フランス支部では国王ルイ16世から土地を寄進され、その面積はパリの3分の1を占めたと言います。
またロンドンを中心に金融業務を行い「勘定」「当座」「抵当」「保証」「為替」「外為」「手形」「小切手」「信託」といった業務はテンプル騎士団が作ったものです。

●アサシン教団とテンプル騎士団

疾風迅雷、神出鬼没の騎馬隊は、歩兵を中心とした行動の緩慢なキリスト教徒軍を恐怖におとしいれ、そこから暗殺(アサシネーション Assassination)という言葉が生まれる。

ゲームや小説などで登場する暗殺者としてのアサシンの語源は、「番人」という意味の「アサス」、その複数形アサシーヌ)、これをフランス語読みで「アサシン」というそうです。
映画化もされたゲーム『アサシン・クリード』は、アサシン教団の主人公を操り、テンプル騎士団と戦う物語です。

このゲームの面白いところは、現代パートでのテンプル騎士団は「アブスターゴ」という超巨大企業に発展しており、秘宝を手に入れるためにアサシンの末裔の遺伝子を持つ主人公を利用して「アムニス」という装置で過去の記憶を探ります。

過去パートでは主人公は十字軍時代(『アサシン・クリード』)、ルネサンス時代(『同作Ⅱ』『同作ブラザーフッド』『同作リベレーション』の3部作)、アメリカ独立戦争時代(『同作Ⅲ』)などの、各時代の自身の先祖のアサシンとなり、秘宝を守るためテンプル騎士団と戦います。

●テンプル騎士団の終焉

公会議を開いて処刑しうるに足る理由を作らねばならない。それは「異端」である。

フランスの民衆の暴動から逃れるためにテンプル騎士団に身を寄せたフィリップ四世は、そこでテンプル騎士団の財力を知ることになります。
しかしテンプル騎士団の軍事力はフランスを超えていました。
それでもテンプル騎士団の財産を接収したいと考えたフィリップやその部下は、宗教的な理由でテンプル騎士団を追い詰める方法を選びます。

アヴィニョンのクレメンス教皇を言いくるめて味方につけ、テンプル騎士団を次々と逮捕して異端尋問をし、騎士団は消滅することになります。
ただし、ポルトガルやスペインなど、正規兵や後継団体として存続した支部もあります。

●テンプル騎士団の呪い?

人々はモレーの呪いが着実に実現されていると信じて恐れる。

テンプル騎士団最後の騎士ジャック・ド・モレーの死から間もなく、アヴィニョン教皇庁のクレメンスは病死します。
テンプル騎士団を陥れたフィリップは鹿狩りに出かけた際に十字架を頭に乗せた白鹿に出会い落馬して重傷を負ったという逸話があります。

死後、フィリップの遺体は修道院に埋葬されますが、落雷より焼尽します。
関係者は、その他にも数々の不運などに見舞われたそうです。