書評

科学を突き詰めると宗教にたどり着く!?『物理学と神』

科学を突き詰めると宗教にたどり着く!?『物理学と神』

私たちは理科や数学でたくさんの法則を学びます。
しかしそれは「こういう風に計算できる」というのを習っているだけで、「なぜそうなっているのか」はほとんど学びません。

例えば光の速さは秒速30万kmですから10秒で何kmを進むかは答えられますが、「なぜ秒速20万kmではないのか?」に答えられる人はいないのではないでしょうか。
突き詰めると「神様がそういうふうに宇宙を作ったから」となってしまいます。
これをどう考えるのかが本書のテーマです。

●物理学と神学論争

とはいえ、科学者は、「なぜ」の問いかけに答えられないのだから、神と完全に手を切るわけにもいかない。

「神はサイコロ遊びをしない(または、神はサイコロを振らない)」というのはアインシュタイン(1879~1955年)の有名な言葉です。
これは「物質の運動は確率的にしか決まらない」という「量子論」を批判した言葉ですが、結果的にアインシュタインは間違っていました。

一方、量子論の創始者ハイゼンベルク(1901~1976年)は「どうして神をそんなふうに決めつけられるのか」と反論しました。
ここだけ見ると、完全に神学論争です。

●アリストテレスとキリスト教

聖書は有限の過去に宇宙が神の手によって創生されたと教えているが、アリストテレス宇宙は永遠に変化しないからだ。

アリストテレス(紀元前385~紀元前323年)は古代ギリシアの哲学者で、アレクサンドロス大王の家庭教師をしていたこともあります。
当然、この時代にキリスト教は影も形もありません。
ですが長い間、アリストテレスの自然科学は大きな権威を持っていました。

しかし紀元後に書かれた聖書と矛盾する点がどうしても出てきます。
聖アウグスティヌス(紀元後354~430年)は、聖書を重んじ、アリストテレスの自然科学を否定しました。

一方、トマス・アクイナス(1225年~1274年)は著書『神学大全』により聖書の宇宙観とアリストテレスの宇宙観を融合させます。
これは、アリストテレスの権威を利用した面がありました。
上記の通り矛盾する点については、聖書の解釈を調整することで辻褄を合わせたのです。
こうして天動説はアリストテレス、聖書の両方の宇宙観に整合する考え方になります。

●地動説という「神の地球からの追放」

地球も、太陽の周りをまわるひとつの惑星に過ぎなくなるからだ。

地球を中心とした天動説はキリスト教にとって大変に都合が良いものでした。
なぜなら宇宙の中心である地球に神がいることは自然なことだからです。
ところが、コペルニクスやガリレオにより地動説が唱えられます。

処刑されるガリレオが残した「それでも地球は回っている」という言葉は有名です。
様々な研究から地動説が認められていきますが、バチカンのローマ法王が公式に地動説を認めたのは、なんと2008年のことです。

●科学者が生み出した悪魔

無信心な科学者は、神を地上から追放しただけでなく、新たな悪魔さえ創り出すようになった。

ラプラス(1749~1827年)は「自然界のあらゆる力と物質の状態を完全に把握した知的存在がいれば、その知的存在にとっては、宇宙の中で何ひとつ不確定なものはなく、未来を完璧な正確さで予見できる」と考えました。

これを「ラプラスの悪魔」と言います。
また「マクスウェルの悪魔」と呼ばれる命題もあります。
そのほかにも「錬金術」「永久機関」などが構想されました。
科学者なのに、まるで魔術師のようです。

●パラドックス

パラドックスはと、ときには神となり、ときには悪魔となって、私たちの目を開かせたり、私たちを混乱させたりするが、よくよく考えることの大事さを教えてくれるのは確かである。

パラドックスとは、間違っていそうだが正しいこと、または正しそうだが間違っていることを言います。
有名なのは「アキレスと亀」です。アキレスの前を亀が歩いています。
アキレスは亀の2倍の速さで歩いています。
普通に考えると、そのうちアキレスは亀を追い抜くはずです。

しかしアキレスが200m進むと、亀は100m進みます。
アキレスが20cm進むと亀は10cm進んでいます。
これを繰り返して、残り2cmとなり、アキレスが亀に追いつくために2cm進むと、亀は1cm進んでいます。
これではいつまで経ってもアキレスは亀に追いつけないことになります。

「エピメニデスのパラドックス」というものもあります。
Aさんが「私は嘘つきです」と言ったとします。
これが本当なら「嘘つき」ということになりますが、「嘘つきです」と正直に言っているので「嘘つきではない」ことになります。
そのためAさんの発言はあ「嘘つき」かつ「嘘つきではない」という矛盾が生まれます。
逆に「私は嘘つきです」が嘘なら、「嘘つきは本当」なので、「嘘つき」ではないことになります。

●人間原理の宇宙論

むしろ、この宇宙の主役は人間であって神ではないと主張しているのである。

私たちが生きている宇宙は、私たちが認識することによって存在しています。
宇宙に誰もいなければ、宇宙の存在は誰にも知られることなく、存在するのかしないのかも不明です。
神が宇宙を創り、また物理法則を作ったと考えた場合、「なぜ、神はこのような法則にしたのか?」という疑問が出てきます。
そうではなく、逆に「人間がそう認識しているからそういう法則なのだ」としてしまえば神は不要です。
これを「人間原理」と言います。
このように、人間の科学と神と宇宙の論争は、まだまだ続きそうです。