書評

悪人の名言ではないのでスピーチなどにも使えます!『悪の引用句辞典』

悪人の名言ではないのでスピーチなどにも使えます!『悪の引用句辞典』

『悪の引用句辞典』は、国内外69人もの名言を紹介した本です。
西欧では「引用すること」は一種の教養の証拠として認められているそうです。
例えば聖書はよく引用されます。
フランスの大学入試の論文試験では、いかに多く引用されているかが評価につながるそうです。

研究論文も、多く引用されることは、そろ論文の価値を高めます。
タイトルは『悪の引用句辞典』となっていますが「悪人」の言葉が紹介されているわけではありません。
このタイトルについて著者は、編集部のアイデアで「善は変数だが、悪は常数である」という信念にかなっているため、としています。
つまり、善は時代により変わりますが、悪は変わらない。
「悪の引用句」ということは「どの時代にも通用する言葉である」という意味でしょう。

●アルベール・カミュ『ペスト』(新潮文庫)

「それだからといって、戦いをやめる理由にはなりません」
「たしかに、理由にはなりません。
しかいかし、そうなると僕は考えてみたくなるんですがね、このぺストがあなたにととってはたしてどういうものになるか」
「ええ、そうです」と、リウーは言った。「際限なく続く敗北です」

カミュは1913生、1960年没です。
2020年の新型コロナウイルス(COVID-19)の感染流行に伴い、カミュの『ペスト』が売れているようです。
ただし本書は2013年刊行ですから、3.11の東日本大震災と原発問題を取り上げています。

「見えない相手」という意味では新型コロナウイルスと放射能は似ている部分があります。ただ放射能はコントロールは別として科学的には研究が進んでいたものです。
一方、新型コロナウイルスは未知のものとして出現しました。
その意味では『ペスト』に近い状況と言えますが、世界中の人々が知恵を絞り「際限なく続く敗北」から脱っすることでしょう。

●ポール・ヴァレリー『精神の危機 他十五編』(岩波文庫版)

じっくり待つこと、変わらないこと、この二つは我々の時代には負担なのだ。
我々の時代は、大いなるエネルギーの代価を払って、自分の仕事から解放されようとする。
そのためのエネルギーの割りて、下ごしらえが機械化を要求する。そして機械化が我々の時代の真の支配者である。

ヴァレリーは1871年生、1945年没です。
しかし上記の引用は、日本の高度経済成長期や、ITの進化、中国の経済発展などに当てはまる言葉です。
変化なしに経済発展はないと思われています。
そして今や、AI(人工知能)によって、人間は労働から解放される(または労働を奪われる)時代になるという予測がされています。

まさに「機械化が我々の時代の真の支配者である」状況がやってこようとしていています。
一方で、エネルギーや資源の大量消費は地球全体の問題とされ「SDGs(Sustinable Development Goals=持続可能な開発目標)」が世界的な課題として認識されています。

●アナトール・フランス『エピクロスの園』(岩波文庫)

大衆は断言を求めるので、証拠は求めない。証拠は大衆を動揺させ、当惑させる。

アナトール・フランスは1844年生、1924年没です。
上記のような現象は、テレビのワイドショーでよく目にします。
例えば「容疑で逮捕された」というのは有罪であると確定したわけではありませんが、その瞬間から悪人扱いされます。

様々な社会問題についても、MCやコメンテーターは専門家に「で、結局のところどうなんですか?」と断言を求めます。
「絶対にこうである」というものが存在しないことは専門家が良く知っています。
しかし例えば、放射性物質について「ベクレル」や「シーベルト」といった根拠を言っても「結局どうなんですか」となります。
あるいは証拠のないデマがたくさんの人々を動かします。これはどの時代も共通しているのかもしれいれません。

●ガブリエル・(ココ)・シャネル

自分が好きなものをつくるためではなかった。
何よりもまず、自分の嫌なものを流行遅れにするためだった。

ココ・シャネルは1883年、1971年没です。
誰でも知っているブランド「シャネル」の創業者で、それ以前のファッションを一変させました。

彼女が説くのは「好き」は変わりやすく間違えがちで、「嫌い」は固定的であまり間違えないことです(ただしヘイトスピーチのようなものは行われるべきではありません)。
いわゆるイノベーションは「面倒くさい」と思っていたことを便利にしてくれることがあります。
身の回りにどんな「嫌なこと」があるかを考えてみることは「問題発見能力」や解決につながるかもしれません。

●吉本隆明『自立の思想的拠点』(徳間書店)

社会が、ますます機能化と能率化を高度におしすすめてゆくとき、言葉は言葉の本質の内部では、ますます現実から背き、現実から遠く疎遠になるという面をもつものであり、言語は機能化にむかえばむかうほど、この言語本質の内部での疎遠な面を無声化し、(以下略)

吉本隆明(1924年生、2012年没)は評論家で、作家の吉本ばななの父親でもあります。
コミュニケーションの機能化、効率化は、SNSで大きく発展しました。
とりわけTwitterやチャット・メッセージアプリは大変に便利です。
一方で、Twitterの140文字という制限は、言葉をショートカットし、誤解を招き、ときには炎上して社会問題になります。

またチャット・メッセージアプリが流行すると「レベち(レベルが違う)」、「おなすい(お腹がすいた)」、「これからバ(これからバイト)」、「ぜんつま(全然つまらない)」、「りょ(了解)」、「ry(略)」、「風呂リダ(風呂に入るのでチャットから離脱すること)」、「グルチャ(グループチャット)」といった言葉が登場してきました。

略語が必ずしも悪いとは限りません。
またコミュニケーション手段の変化が「わかりみ」「ありよりのなし」といった、それまでなかった新しい言葉や概念を生み出すこともあります。
ただし「相手に正しく伝える」という言葉の本来の用途を忘れずにいたいものです。