書評

ドーナツを学問する!?『ドーナツを穴だけ残して食べる方法』(大阪大学出版会)

ドーナツを学問する!?『ドーナツを穴だけ残して食べる方法』(大阪大学出版会)

ドーナツには穴がありますが、その穴は、食べると当然なくなります。
しかし、穴を食べた記憶はありません。

実は知らない間にドーナツの穴も食べてしまっていたのでしょうか?
ドーナツの穴は本当にあったのでしょうか?
ドーナツの穴とはそもそも何なのでしょうか?
ドーナツの穴を残したままドーナツを食べることができるのでしょうか?

この本は、こういった一見くだらないことを、工学、経済学、美学、法学といった学問を専門とする大阪大学の教員の方々が真面目に考え、それぞれの答えが書かれた本です。
※以下の所属大学や役職名、数値は本刊行当時のものです。

●ドーナツの穴の議論のはじまり

ドーナツの穴談義のインターネット生態学的考察

本書では松村真宏准教授(経済学)はデータ解析により「ドーナツの穴だけ残して食べる方法」の議論のはじまりについて記述しています。
2010年3月24日に投稿され、翌日の25日には、これについてWEBサイト『ロケットニュース24』の記事に掲載されています。

また、2012年6月22日、23日のNHK連続テレビ小説『梅ちゃん先生』において、ドーナツの穴だけ残して食べる方法についての会話が登場したそうです。
ところがさらに調べると、2000年には既に「ドーナツの穴」に関する記述が見つかり、そこからどのようにしてインターネットに「ドーナツを穴だけ残して食べる」というフレーズが定着していったかが「ミーム」「モード」「クチコミ」という観点から論述されています。

●ドーナツの本質から迫る

ドーナツを食べるとドーナツの穴が無くなる、という前提自体を疑ってかかる必要がある

美学を専門とする文学研究科の田中均准教授は、プラトン、ハイデガー、プルーストなどの哲学者の思想を通して「そもそもドーナツは食べても無くならない」という意見を述べています。

プラトンは「神がつくった、真の、唯一の姿・コト」といった意味で「イデア」という概念を考えました。
これに従えば、ドーナツ屋で売っていたり、私たちが普段食べているドーナツは「真のドーナツ」ではありません。
「ドーナツのイデア」を人間が真似した「ドーナツっぽいもの」です。

ということは「ドーナツっぽいもの」をいくら食べても、世界から「ドーナツのイデア」つまり「真のドーナツ」は無くなりません。
もし「ドーナツのイデア」を食べてしまったら世界からドーナツは失われ、私たちは二度とドーナツを作ることができないでしょう。
よって、ドーナツ屋で売っていたり私たちが普段食べているドーナツを食べても「真のドーナツの穴」には影響を与えず、残っていることになります。

このような考えを、他の哲学者の思想も含めてすすめた結果、田中准教授は「ドーナツは家である」という結論に達します。ぜひ読んでみてください。

●なぜ人間はこのようなことを考えてしまうのか?

パラドックスと同様に、この問いには「論理階型混同」という誤りがあり、このような問い自体が錯誤として退けられなければならないからである。

言語学研究科の大村敬一准教授は、この問いを論理学的にはパラドックスとして捉えています。
しかし人類学の視点から、人間はこのような問いにもしばしば真剣に向き合うことを指摘しています。
大村教授はこの理由を人類の「学習」と「創造」の歴史を用いて詳しく説明しています、「ドーナツを穴だけ残して食べる」という問いは、複数の異なる論理階を自由に行き来し、遊び、ユーモア、芸術といった人間の創造の産物であるというのが大村氏の見解です。

●実際のところ、ドーナツを穴だけ残して食べられるのか?

さて、以上から分かるように、この本は必ずしも「ドーナツを穴だけ残して食べる方法」そのものについて正面から答えているというよりも、そういった「問い」から各学問の入門的な内容や面白さを伝えています。
例えば経済学では「ドーナツ化現象」と、その逆転である「アンパン化現象」を紹介しています。
または四次元空間を駆使している准教授もいます。

では、この本では、現実的な物理現象として「ドーナツを穴だけ残して食べる方法」について全く答えが見いだせていないのでしょうか?
いいえ、筆者の見解では2名の研究者がこの問いについて「真正面から答えた答え」を提示しています。

1人は第3章の理学研究科の宮地秀樹准教授です。
この章では、数学を駆使して四次元空間などで考察されていますがP74「ドーナツの穴再考:ドーナツの穴の定義と問題の言い換え」では、数学が全く分からない人でも納得できる、単純な答えが提示されています。
この答は確かに「ドーナツを食べたのに穴が残っている」と思われます。

もう1人は第8章の国際公共政策研究科の大久保邦彦准教授です。
専門は法学で、この章ではドーナツについての商標権の裁判について主に書かれていますが、P180に書かれている、法律と関係のない4つの答え、とりわけ1つめ、2つめの答えは、いずれも間違いなく「ドーナツを穴だけ残して食べた」と言えると思います。

それがどのような答えなのかは、ぜひ本書を読んで確かめてみてください。