書評

三島由紀夫の以外な一面!? コメディ的な作品『レター教室』(筑摩書房)

 

三島由紀夫の以外な一面!? コメディ的な作品『レター教室』(筑摩書房)

●三島由紀夫について

三島由紀夫というと「教科書に載っている古い作家」というイメージがあるかもしれません。
しかし、生まれたのは1925年で、現在もテレビ等に出演されることのある元東京都知事の石原慎太郎氏(1932年生)や、美輪明宏さん(1935年生)とも交友関係にありました。そう考えると、意外と近い年代の作家に思えるのではないでしょうか。

一方、死去は1970年と、今(2020年)より50年も前になります。
死因は、市ヶ谷の自衛隊駐屯地で割腹自決(自殺)を行ったことです。
ハチマキをして演説をしている三島由紀夫の写真などを見たことがある方もいると思います。
そういう方は「何だか怖い人」「危ない人」というイメージを持っているかもしれません。
※50歳以上の方は同時代に生きていらっしゃるので、三島由紀夫をより詳しくご存じでしょう。

また作品についても、同性愛をテーマにした自叙伝的なデビュー小説『仮面の告白』(新潮社)や、1950年に実際に起こった「金閣寺放火事件」を題材にした『金閣寺』(新潮社)など、なんだか暗い作品が多いような気もします。

●『レター教室』について

しかし今回紹介する『レター教室』(筑摩書房)は、そういった三島由紀夫のイメージを覆す作品です。
この作品は5人の非常にキャラクターの濃い登場人物の「手紙のやりとり」だけで構成されています。
三島由紀夫は冒頭でこう解説しています。

五人はそれぞれの生活において、泣いたり笑ったり、恋したりフラれたり、金を借りたり断られたり、また一方では、ネコをかぶってお上品な社交的な手紙を書いたり、また、お互い同士で、憎み合ったり、あざけりあったり、人からきた恋文を見せ合ったり、千変万化の働きをします。

●登場人物について

以下の個性的なメンバーが手紙のやりとりをします。
彼・彼女らについての三島由紀夫の表現力も見事です。
登場人物紹介の一部を抜粋します。

(A)氷ママ子(四十五歳)
これがもっとも始末に負えない人物です。かなり肥った、堂々たる未亡人で、元美人。

(B)山トビ夫(四十五歳)
猫を五匹飼っており、ネクタイを五百本持っている。恋愛生活は豊富で、ときどき柄にもなく純情になり、うれしいときは、横っ飛びに飛んで歩く癖が、タラバガニのようだ。

(C)空ミツ子(二十歳)
氷ママ子の英語塾のかつての生徒。英語はモノにならなかったが、ママ子に気にいられ、塾をやめた後も、ときどき往来がある。

(D)炎タケル(二十三歳)
ほんとはボサボサ頭の新劇青年風のおしゃれをしたいのだが、アルバイト先の会社の仕事がエレベーター係なので、服装がやかましく、そうもできない。

(E)丸トラ一(二十五歳)
まんまるに肥っているので、世にも楽天的である。人が楽天的に見てくれる以上、そうならざるをえない。

●手紙のやりとりにより明かされる真相

この作品では物語(5人の手紙のやりとり)が進むに従い謎が生まれていき、さらに謎から真相に近づいていきます。
以下は後半のある部分です。

空ミツ子より氷ママ子への手紙
新年そうそう、へんなお手紙を差し上げることになりましたが、なにとぞおゆるしくださいませ。
年賀状にまじって、差し出し人の名が書かれていない手紙が来ましたが、あんまり気持ち悪いので、読んでいただいたうえで、どうしたらいいか、教えていただきたく存じます。
(中略)

氷ママ子より山トビ夫への手紙
人は使いようです。
丸トラ一君を説得して、ひとまず、ミツ子を安心させるウソの告白の手が二を書かせなしたが、まだ差し出し人は不明です。
でも私は、あれはインチキの手紙だと心から信じています。
だれか犯人がいるにちがいないのです。
でもあの手紙のいやらしい文章の妙なリアリティは、ちょっと気になりますね。

●時代背景とメディア文化

『レター教室』が刊行されたのは1968年(当時は新潮社)です。
この当時のメディア文化について、冒頭で三島由紀夫の言葉として述べられています。

万事電話の世の中で、アメリカではすでにテレビ電話さえ、一部都市で実用化していますが、手紙の効用はやはりあるもので(以下略)

また、『レター教室』では作品の謎を解く重要なアイテムとして「テレビ」が出てきます。家庭にテレビが普及したのが1964年の東京オリンピックとされていますから、刊行時点でテレビは一般家庭に既にあったと思われます。

なお、この作品の中で、三島は登場人物の手紙を介して「本は、テレビに取って代わられるのではないか」といった記述をしています。

まとめ

以上のように、『レター教室』は全く堅苦しくない作品です。
コメディとしても、ミステリーとしても読むことができます。
「国語の教科書に載っているような作家の本を読む気にはならない」という人にもおすすめです。
ぜひ読んでみてください。