書評

「花を追え 仕立屋・琥珀と着物の迷宮」を読んでみた感想!

「花を追え 仕立屋・琥珀と着物の迷宮」を読んでみた感想!

最初に一言でまとめるとすれば、この本は巧みに伏線が張られた和風ミステリーであり、また旬真っ盛りの苺のように甘酸っぱい恋愛小説であると言えるでしょう。

ただし、この本の最も重要なキーアイテムは「着物」です
そのような一見ミステリーとは相容れないようなものが、謎を深め、同時に謎を解くために活躍するという意外性が魅力的に感じられました。

そして何よりも、その花にさらに華を沿える、着物美青年とヒロインとの恋の行方もまた読者の心を掴んで離しません。
ミステリー好きの方にはもちろん、普段ミステリーは読まないが、着物や和の雰囲気に興味があるという方、そして着物男子のお好きな方にもおすすめできる一冊です。

◆趣のある、美しく緻密な描写が引き立てる魅力

 着物の柄は、まさしく夕日に照り映える合歓の情景。
陰り始めた町の一角で、男性が立っている場所だけ合歓の花灯りでほんのり明るい。
夢見がちな若い娘が、うっとりしてしまうような景色である。(中略)

男性が動いた。
こちらに向かって歩きだした。
お囃子の調子に乗って、夕影の中を大きな雪洞がふわふわ漂ってくる。
八重の瞳にはそんなふうに映った。不思議な光景に心を奪われる

――つと合歓の枝葉が揺れ、男性がこちらに顔を向けた。
思い過ごしではなく、八重を見ているような。心が小波立つ。
その間も笛の音は鳴り響く。
ぴーいーい、という甲高く長い音に合わせたみたいに、ふっと男性が目元を緩めた。
淡く淡く微笑んだ。
八重には雪洞がふんわり明るさを増したように思えた。

本作のヒロインである女子高校生の八重と、謎多き着流し姿の美青年、宝紀琥珀との出会いの場面です。
のちに深く関わりあっていく二人であるだけにとても印象的に描かれていますが、それ以上にとても風流な描写がされています。

私自身もこの出会いの部分にすっかり胸がときめいてしまい、終始ドキドキとしながら二人の関係性を追ってしまいました。

ミステリーでありながら、同時に八重と琥珀との恋愛模様から目が離せなくなってしまうのは、このような丁寧な描写によるものでしょう。
そして、それによってキャラクター一人一人の魅力が活き活きと描き出されるため、登場人物が単にミステリーを構成する一要素としてだけではなく、感情移入したり、憧れたりする相手になりうるのです。

◆模様を読み解く斬新な謎解き

 (前略)八重は苦笑しながらパッチワーク風のシュシュをもう一度眺めた。
端切れの継ぎ接ぎとはいえ、どれも上等の絹らしく、模様も一つ一つ手書きのように見える。

ほころびかけた緋色の椿、
花弁に残る朝露が、朝日を受けて煌めく青い朝顔、
薄紫の二房を優美に下げる藤の枝、
傘になりそうなほど大きな緑の葉の間から、夢のように姿を現したピンク色の蓮華、
流れる水に浮かぶ純白の菊の花々――
どれもこれも美しい。

これは、八重が友人から手作りのシュシュをもらい、それを眺めている場面です。
パッチワーク風、というところからいくつかの布が使われていることがわかりますが、その一つ一つの柄について緻密に描写されています。

本作ではこのような柄や模様の描写が頻繁に用いられ、さらに謎解きのカギとなっていくのです。
最初にご紹介した、出会いの場面での琥珀の着物の描写も良い例ですね。
普段使われている和雑貨などにも見られる模様でも、そこに込められた意味までは気にしたことがないという方も多いのではないでしょうか。
ごくさりげないものではありますが、それが重要な意味合いを持ってくるという展開がミステリーとしては斬新だと感じました。

八重の視点から、また琥珀の視点から、さまざまな模様について語られ、考察されていくことで序盤のストーリーが進んでいくのがこの作品のおもしろいところです。
もちろん前知識がなくても、琥珀がわかりやすく説明してくれますので、誰でもすっきりと謎解きを楽しめるようになっているところが親切ですね。
着物や模様にもとより詳しい方でしたら、自力で謎解きに挑戦してみるのも楽しいかもしれません。

◆本格ミステリーの名に恥じない緊張感と意外な展開、失われない情緒

 不意に、しわがれた老人の声に呼ばれた。
「もしかして、八重ちゃんかぁ?」
顔を上げると、路地の入口に背の低い男が立っている。
「よかったやっと見つけたわぁ。ちょおこっちに来てくれへんかぁ」
(中略)

足の裏から根が生えたようにその場から動けなくなった。
「あ、あの」
八重はそれだけいって絶句した。心臓が早鐘を打っている。心音のはずなのに、鳴っているのはこめかみの辺り。
なんやぁ? と翁が聞き返した。
「あ、あの、前に会ったこと、ありませんか?」
せやったかぁ? と翁が首をかしげる。素朴に返されると、八重のほうも段々分からなくなってくる。
似ている――でも――ほくろが――
翁の顔にほくろはない。(中略)

別人に違いない。八重はそう自分に言い聞かせ、ライトバンに向かって歩き出した。
車の脇で待っていた翁が、八重を促すようにドアに手をかける。
と、その手めがけて、ひゅっと扇が飛んできた。
ぱしっと音が弾け、いたっと翁が悲鳴を上げる。

驚く八重の鼻先に、ふわりと樟脳が香った。
同時に、するりと着物の袖に視界を奪われる。
「惑わされてはいけませんよ」
耳元で琥珀さんの声がした。
「ほくろがあると、そこにばかり目がいってしまって、顔全体の印象が薄くなる。あなたが記憶している大きなほくろは、この男の変装道具なんです」

八重、そして琥珀の過去につながる本作最大の謎解きが、急展開を迎える場面の冒頭です。
八重は幼少時、「辻が花」と呼ばれる希少な古裂を持っている娘だと噂されたため、強盗に遭ったというトラウマがあります。
彼女のその時の記憶の中で印象的であったのが「ほくろの男」で、家に押し入り、そこら中を探し回った挙句、彼女の晴れ着であった大切な七五三の着物を切り裂いてしまった犯人であるのです。

そのトラウマによって八重は着物嫌いになってしまい、着物の仕立屋である琥珀とのすれ違いにまで至ってしまいます。
しかし琥珀はいつでも八重の窮地を救い、最終的には協力して「辻が花」をめぐる謎、そして二人の過去の謎に挑むこととなるのです。

ここまで紹介してきた二つの場面とは一転して、緊張感の溢れる場面となっています。
平穏な日常や甘酸っぱい恋模様、ごく小さな事件だけでは終わらせないこの緊張感、そして最後まで油断のできないどんでん返しが、本格ミステリーとしての本作の完成度をぐっと高めていると感じました。

オチは読んでからのお楽しみにしていただくとしても、犯人、また黒幕はごく意外な人物であり、私はすっかり拍子抜けしてしまったとはっきり言えます。
さらに、そのような緊迫した場面であっても、琥珀は琥珀らしくきっちりと着物で決めているところがまた嬉しいところですね。

体術にも武器にも詳しくないであろう彼が、扇を投げることで敵の気をそらしてしまうとは、なんと彼らしく、また風流な戦い方でしょう。
これは誰でも胸をときめかせてしまうこと間違いありません。
クライマックスに向かって謎解きも進んでいく中、彼を、そして彼と八重との関係の進展を追って、私は本を読み進める手が止まらなくなってしまいました。

◆まとめ

ミステリーの醍醐味である謎解きが巧みに仕込まれている作品ですので、それを十分に楽しんでいただくためにネタバレを避けて書かせていただきました。
そのため、表現が曖昧になってしまった箇所などもあり、この作品の魅力をお伝えできていないのではないだろうかと心配しております。

しかし「着物」という意外な題材を用いていながらも読者を飽きさせない謎解き要素、そして魅力的な登場人物とその秀逸な描写が見事に互いを活かしあい、ミステリー要素、恋愛要素双方の魅力が最大限に引き出されている作品であることは間違いないでしょう。

そのような本作はまさに、ぴったりの模様を選び取り、反物を丹念に縫い合わせたような、琥珀の仕立てた着物そのもののようにも感じられます。
ぜひ、着物をめぐる謎、そして二人の恋の行方を追って、「花を追え」を手に取ってみてくださいね!