書評

『NHK100分de名著ブックス 遠野物語 柳田国男』を読んでみた感想!

『NHK100分de名著ブックス 遠野物語 柳田国男』を読んでみた感想!

民俗学に興味のある人にオススメの本!

民俗学に興味のある人ならば誰でも『遠野物語』を手に取ってみたことがあるでしょう。
柳田国男が1910年に発表した日本民俗学史に燦然と輝く名著です。
現在は青空文庫でも読むことができます。(https://www.aozora.gr.jp/cards/001566/files/52504_49667.html)

『NHK100分de名著ブックス 遠野物語 柳田国男』は、東京学芸大学教授の石井正巳氏が『遠野物語』の世界観を分かり易く解説した本です。
図版が多く、また『遠野物語』の成立背景についても解説しているので、入門者にピッタリの一冊です。
民俗学や柳田国男に興味のある人はもちろん、日本文学が好きな人にもオススメしたい本です。

よかった箇所①

そうしたなかで高く評価したのは、わずかに二人だけでした。
一人は、のちに小説「河童」などを書く、当時十八才の芥川龍之介です。
彼は友人への手紙に「大へん面白く感じ候」と記し、それ以来、柳田の愛読者となります。
もう一人は泉鏡花です。

『遠野物語』は、今では読書家ならば知らぬ者がいないほど有名な本ですが、1910年に初版が出たときは僅か350部だけの限定出版だったそうです。
その後、この本が公に出回るようになるのは、1935年の『遠野物語 増補版』を俟たなければなりません。

はじめは知る人ぞ知る相当にマニアックな本だったわけですが、この初版本を早速手に入れ夢中になったのがまだ18歳だった芥川龍之介です。
芥川龍之介の晩年の作品に『河童』という中編がありますが、『河童』のなかには次のような記述が出てきます。

僕はこの事実を発見した時、西国の河童は緑色であり、東北の河童は赤いという民俗学上の記録を思い出しました。

おそらくこの設定は、『遠野物語』の記述を意識しているのでしょう。
『遠野物語』の五九話には次のような一節があります。
外の地にては河童の顔は青しというようなれど、遠野の河童は面の色赭きなり。
『河童』は1927年の作品ですから、『遠野物語 増補版』が出版されるより8年も前です。
このように『遠野物語』は民俗学のみならず、日本文学にも大きな影響を与えているのです。

よかった箇所②

この話で興味深いのは、村はずれの道ちがえ(追分)に子どもを捨てた後、見世物にしようと思い直して取りに引き返すところです。
村の習俗の世界に、江戸時代以降、都市の盛り場で広まった見世物の習俗が入り込み、河童の子を売ろうとしますが、すでに異界に隠されていたのです。(中略)
古い民俗の習慣が貨幣経済と出会って、人間の心がゆらぎはじめていることがわかります。
ですからこれは、古さと新しさとが出会う『遠野物語』のあり方をよく示している話だともいえます。

『遠野物語』第五十六話、上郷村で河童の子が生まれたので村はずれに捨ててきたという話についてです。
序文によると、柳田国男が佐々木喜善から『遠野物語』のネタを聞き書きしたのは明治42年のことです。
このときすでに「見世物」という都市部の文化が遠野にも入っていたのですね。
「古さと新しさとが出会う『遠野物語』」。

思えば『遠野物語』という作品の成立自体が、柳田国男という都市部の人間と、佐々木喜善という山村の人間の邂逅であり、まさに古さと新しさの出会いでした。
これは、最先端の文化人であり美麗な文語体を駆使する柳田国男と、遠野に生まれ育ち「語り」の世界で生きてきた佐々木喜善との出会いでもあります。
『遠野物語』というと、私たちはつい時間が止まったような古い山村をイメージしがちですが、実は『遠野物語』は古さと新しさのダイナミックな邂逅の場に生まれた作品だったのです。

よかった箇所③

若い人々が暮らす集落と、老いの空間であるデンデラ野、そして死の空間であるダンノハナが、循環するような構造を作っているのです。(中略)
閉鎖的ではあっても、集落の構造の中で人生を見つめる、可視的なシステムがそこにありました。

佐々木喜善は現在の遠野市土淵町山口にある山口集落で生まれ育ちました。
山口集落は「デンデラ野」と「ダンノハナ」という場所に挟まれています。
遠野物語一一一話によると、かつて60歳を超えた老人は、みな「デンデラ野」に住む習慣がありました。

老人たちは、昼間は「デンデラ野」から里に下りてきて、仕事をします。
そして夕方になると「デンデラ野」に帰っていくのです。
同じく一一一話にでてくる「ダンノハナ」は、共同墓地です。
佐々木喜善の墓もダンノハナにあるそうです。
「デンデラ野」は年老いた人々の住まう場所であり、「ダンノハナ」は死者が住まう場所だったのですね。

現代の視点からすると年老いた人々を一律に一箇所に押しこめるのは残酷なことだと思われるかもしれません。
しかし遠野では「老い」や「死」が可視的ではあったのです。
現代は無縁社会だと言われます。
アパートの隣の部屋にどんな人が住んでいるのか、知らないことも珍しくありません。
独居高齢者の孤独死も問題になっています。

現代は超高齢社会でありながら、「老い」と「死」が不可視の時代だともいえます。
そんな時代に『遠野物語』を読むことは、誰もが辿るべき道である「老い」と「死」を見つめ直すきっかけにもなるのではないでしょうか。

まとめ

『遠野物語』は単なる昔話ではありません。
日本民俗学の幕明けを告げる記念碑的な作品であり、今なお様々な角度から研究が続けられています。

例えばアンソロジストの東雅夫氏は著書『遠野物語と怪談の時代』で、『遠野物語』に「近世近代における怪談文芸の伝統を意識しつつ、それを批判的に継承発展させようとするかのような姿勢」(注)を見出し、怪談文学史の視点からこの作品を考察しています。

また、現代に生きる私たちにとって『遠野物語』を読み直すことは、私たち自身の文明を捉え直すことにもなります。
『NHK100分de名著ブックス 遠野物語 柳田国男』は、『遠野物語』を読んだことがある人にも新たな視点を提供してくれる、優れた入門書だといえます。

(注)東雅夫『遠野物語と怪談の時代』(角川選書) 序章