書評

『はじめての哲学的思考』を読んでみた感想! 哲学対話に興味がある人にオススメの本!

『はじめての哲学的思考』を読んでみた感想! 哲学対話に興味がある人にオススメの本!

近年、哲学カフェというものがブームになっています。
市民が集まり哲学的なテーマについて話し合うイベントです。
サイエンスカフェの哲学バージョンだと思えばよいでしょう。

本書は、そもそも哲学的思考とはどのようなものか、哲学者・教育学者の苫野一徳氏が中学生でも理解できるような平易な言葉で解説したものです。
元々は「Webちくま」の連載で、こちら(http://www.webchikuma.jp/articles/-/23)から読むことができます。

哲学とは何か。これまで多くの哲学者が考えてきた問いですが、苫野氏は哲学を「さまざまな物事の〝本質〟をとらえる営み」だと言います。
現代は相対主義が蔓延している時代ですが、たとえ「絶対の真理」というものがなくとも「できるだけだれもが納得できる本質的な考え方」を洞察することは可能です。
他者との間に意見がぶつかり合う場面でも、「ここまでなら誰もが納得できるにちがいない」という「共通了解」を取り出すことはできるのです。

信念の対立をいかに乗り越え、「共通了解」を見出すか。
ある意味では哲学・思想に興味のある人ほど、こうした問題に対して絶望的になってしまうこともあります。

しかし、私たちが他者と関わり合いながら生きていく以上、どうしても信念が対立する人との間に「共通了解」を作りあげなければならないこともあります。
近年、医療・マネジメントの分野で「ナラティブ」に焦点を当てたアプローチが脚光を浴びているのは、こうした問題意識の現れでしょう。

 本書は哲学対話に興味のある人はもちろん、すでに哲学に詳しい人、さらに医療や組織論に興味のある人にもオススメしたい一冊です。

よかった箇所①

「万物の根源は水である」(中略)。
人類の知の歴史から見れば、ここにはある重要な進歩があった。
なぜならタレスは「水」というキーワードを、信じるべき〝神話〟としてじゃなく、みんなで〝たしかめ合う〟べき原理として示したからだ。

苫野氏は、哲学は宗教と違い〝たしかめ可能性〟を追うものだといいます。
古代ギリシアの哲学者タレス(BC.624-546)は、万物の根源を「水」だと主張しました。
現代に生きる私たちからすれば、タレスの主張は宗教とどう違うのか分からないようなあやふやな説です。

しかしここには、宗教との大きな相違がありました。
基本的に宗教は、信者に教祖の言うことを無批判に受け入れることを求めます。
教祖の語る教説がいかに〝たしかめ不可能〟であろうと、信者は教祖を批判することができません。

ところが、哲学は〝たしかめ可能性〟を重視し、弟子は師匠の説を批判的に検証することができます。
師匠の学説を受け継ぎつつも、それを「みんなで〝たしかめ合う〟べき原理」として批判的に検証することで、哲学は発展してきたのです。

よかった箇所②

僕らは世界を、僕たちの〝欲望〟や〝関心〟に応じて認識している。

 苫野氏は、「欲望相関性の原理」こそが、哲学的思考の出発点だといいます。
私たちが物事を認識するとき、必ずまず何らかの「意味」が現れます。
私たちの認識にとって、「意味」は「事実」に先立っているのです。

そして、この「意味」とは、苫野氏によると「欲望」のことです。
「欲望」が「意味」を生みだし、「意味」によって私たちの「認識」が生まれるのです。
このことは苫野氏の恩師である竹田青嗣氏が定式化した哲学原理ですが、苫野氏はこの「欲望相関性の原理」を活かして、「超ディベート」なるものを提案します。

よかった箇所③

①対立する意見の底にある、それぞれの「欲望・関心」を自覚的にさかのぼり明らかにする。
②お互いに納得できる「共通関心」を見出す。
③この「共通関心」を満たし得る、建設的な第三のアイデアを考え合う。

これは苫野氏が提案する「超ディベート」の方法です。
「超ディベート」は「共通了解志向型対話」ともいい、異なる信念を持つ人たちが「共通了解」を見出すための対話です。

普通のディベートとは違い、肯定側と否定側の勝ち負けには拘りません。
普通のディベートのように異なる信念を持つ人たちが争うのではなく、異なる信念を持つ人たちがお互いに納得できる新たな「共通了解」を探し出すのです。

この方法論は、哲学カフェでも役立てることができそうですね。
また、異なるナラティブを持つ人たちの間で意見の対立が生じたときに、より建設的な解決策を考えることにも役立ちそうです。

まとめ

「絶対の真理」が存在しないのは当たり前です。
だからといって異なる意見を持つ人との間に「共通了解」を見出すことができないわけではありません。
私たちの社会生活においては、異なる意見を持つ人と協力しなければならないことも多々あります。

この本の一番の魅力は、私たちが社会生活を送るうえで直面しがちなこうした問題に、哲学を用いて具体的な方法論を示していることだと思います。
特に今は価値観が非常に多様化している時代です。
多様な意見を持つ人たちがいるのは素晴らしいことです。

しかし多様性を称揚するだけで、他者との間に「共通了解」を見出す努力を放棄してしまえば、異なる意見を持つ人たちに対する無関心にも繋がりかねません一歩間違えれば社会が分断されてしまう危険もあります。
信念(イデオロギー)の対立を、含みつつ乗り越えるための方法論がこの本には示されています。
哲学に興味のある人や、他者との「わかりあえなさ」に悩む人にオススメの本です。