書評

『ヒトはいかにして生まれたか 遺伝と進化の人類学』を読んでみた感想!

『ヒトはいかにして生まれたか 遺伝と進化の人類学』を読んでみた感想!

人類の歴史が知りたい人にオススメの本!

我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこに行くのか。
D’où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?

多くの人が思春期になると、このような疑問を抱くようになります。
おそらく我々がアイデンティティを形成するときに、歴史は大きな意味を持つのでしょう。歴史を知ることで、私たちは自分自身を大きな物語のなかに位置づけようとします。
現代において、歴史のなかに自らのアイデンティティを見出そうとする姿勢は批判されることもあります。

しかしながら歴史を知ることが時に私たちに前に進む勇気を与えてくれることは確かです。自分が孤立した存在ではなく、大きな流れの一部なのだと感じることができるからです。
そこに排除の論理が働いていないかぎり、こうした効用まで批判してしまうことはありません。

さて、冒頭に引用した文ですが、言うまでもなくゴーギャンの有名な絵画のタイトルです。
この「我々」には、私たちの属性を示す様々な名詞を入れることができます。
どんな名詞を入れるかは学問分野によって異なるでしょう。
ここで「ヒト」という名詞を入れ、「ヒトはどこから来たのか」と問うてみるのが人類学なのだと思います。

『ヒトはいかにして生まれたのか 遺伝と進化の人類学』は、ゲノムと形態の視点から人類の歴史を解説した本です。
講演を書籍化した本なので、初学者にも分かり易く書かれています。
「遺伝子」や「ミトコンドリアDNA」といった言葉は、メディアでも目にすることがありますが、高校で生物を選択したり大学の教養課程で勉強したりしないかぎり、なかなか正確に理解されていないようです。

この本はこうした基礎的な知識から丁寧に説明しているので、生物について知識のない方でも興味深く読み進めることができます。
第9章では「文化」といった抽象的な問題についても、著者なりの見方が示されています。

理系・文系を問わず、人類の歴史に興味のある人にオススメしたい本です。

よかった箇所①

もしも毛がなかったらどういう利点があるかというと、まず汗腺が発達できるので、体熱を冷やすことができます。
それからもう一つ、これはデズモンド・モリスの説ですが、これは要するに警戒色だというのです。

よく人間は「裸のサル」だと言われます。
人間以外の動物は、毛皮や鱗に覆われているものばかりです。
もしかしたら毛皮も鱗もない動物もそれなりにいるのかもしれませんが、少なくとも私はハダカデバネズミくらいしか思い浮かびません。

この本によると、人間に毛がない理由は二つ考えられます。
一つ目の理由は、発汗により身体を冷やす効率を高めることです。
人類はサバンナで発生したと言われています。
そしてサルの仲間の多くは昼間活動します。
日中暑く、しかも遮蔽物がないサバンナで、体温冷却の効率を高めるために毛がなくなったというのはいかにもありそうなことに思えます。

しかしそれだけだと、ヒトだけに毛がない理由としては不十分です。
暑いところに住んでいる昼行性の動物にも毛はありますからね。

そこで二つ目の理由が考えられます。
毛がないことは、なんと「警戒色」の役割を果たしていたのではないかという仮説です。
ヒトは直立二足歩行をするので、両手で武器を持つことができます。
武器を持っている危ない動物なのだということを示すため、毛がなくなったというのです。
実際に検証するのは難しそうですが、面白い仮説です。

よかった箇所②

二〇世紀末にはミトコンドリアDNAの研究などから、混血はなかったという考えが有力視されていた。
しかし、二〇一〇年に(中略)ライプチヒのチームは、クロアチアのヴィンディヤ洞窟で発見されたネアンデルタール人の化石骨からゲノムのほぼ全領域の塩基配列の解読に成功し、現代のヒトのゲノムと比較した。
その結果、ヒトのゲノム中には数パーセントではあるが、明らかにネアンデルタール人に由来すると考えられる塩基配列があることがわかり、両種間には混血があったことの証明とされた。

ヒトとネアンデルタール人に混血があったかどうかという問題は、長いあいだ大きな謎でした。
かつてはゲノムを解読する手法が未発達で、化石骨の形態から推理するしかなかったのでしょうから分からなかったのも仕方のないことです。

しかし二〇一〇年にスヴァンテ・ペーポという人類学者のチームがネアンデルタール人の化石骨からゲノムを抽出して、ヒトのゲノムと比較したのです。
その結果、ヒトがアフリカから西アジアへと広がるあいだに、ネアンデルタール人との混血が起きたと考えられています。

化石骨からゲノムを抽出するとは、タイムスパンこそ違うものの、まるでジュラシックパークのようではありませんか。
なんともわくわくする話ですね。

よかった箇所③

人類学では、サルからヒトへの進化の過程のすべてに興味があるのですが、いままでは化石や遺物の研究が唯一の研究手段でした。(中略)
そのため、とかく人類学というと、猿人や原人を中心とした学問で、現代の問題にはあまり関係がないと考えられる傾向があります。
しかし、私は、最近の生物諸科学の発展、たとえば遺伝学や行動学の進歩をとりいれて、現代人を対象にするもっと実証的な科学が必要であると思います。

人類学は、長いあいだ役に立たない学問だと見なされてきました。
それは研究手段の制約のために、研究対象が過去の人類になりがちだったからです。

しかし医学や分子生物学の知見を取り入れることで、今や人類学は、現代人も視野に入れて研究することができるようになりつつあります。
人類学の知見は、現代に生きる我々の健康やライフスタイルを改善させるのに役立つのではないでしょうか。

こうした研究は主に理学部や医学部で行われています。
今後の展開が楽しみですね。

まとめ

本書はヒトの歴史について、近年の研究手法についても触れながら、平易な語り口で説いた本です。
かなり噛み砕いて丁寧に説明してあるので、人によっては物足りなさを感じることもあるかもしれませんが、巻末には読書案内や参考書も示されています。
初学者だけではなく、自分の知識をざっと整理したい方にもオススメの1冊です。