書評

『みちのく怪談名作選 vol.1』を読んでみた感想! 民俗学が好きな人にオススメの本!

『みちのく怪談名作選 vol.1』を読んでみた感想! 民俗学が好きな人にオススメの本!

みなさんは「荒蝦夷」という出版社をご存知ですか?
宮城県にある小さな地方出版社なのですが、東北の歴史や伝承を扱った本を中心に出版している面白い出版社です。
仙台在住の人気作家、伊坂幸太郎さんも荒蝦夷からエッセイ集を出したりしています。

『みちのく怪談名作選』は、そんな地方出版社ならではの強みを活かした、東北にまつわる不思議な話を集めたアンソロジーです。
収録されている作品も、東北に縁のある書き手のものばかり。
太宰治や宮沢賢治、寺山修司、井上ひさしなど著名な文豪たちが語る不思議な話の数々は、きっと皆さんを異界へといざなってくれるでしょう。

柳田国男に『遠野物語』のネタを提供した小説家、佐々木鏡石や、江戸時代に仙台で活躍した女流作家、只野真葛の作品も収録されています。
怪談好きだけではなく、民俗学や歴史に興味のある方々にもオススメの1冊です。

よかった箇所①

「これから何回かにわたって語られるおはなしはすべて、遠野近くの人、犬伏太吉老人から聞いたものである。
昭和二十八年十月頃から、折々、犬伏老人の岩屋を訪ねて筆記したものである。
犬伏老人は話し上手だが、ずいぶんいんちき臭いところがあり、ぼくもまた多少の誇大癖があるので、一字一句あてにならぬことばかりあると思われる。
考えるに遠野の近くには、この手の物語がなお数百件あることだろう。
ぼくとしてはあんまりそれらを聞きたくないのであるが、山神山人のこの手のはなしは、平地人の腹の皮をすこしはよじらせる働きをするだろう」

このアンソロジーの冒頭を飾る、井上ひさし『鍋の中』の出だしです
お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、この文章、柳田国男の『遠野物語』の序文を真似たものとなっているのです。
怪談・民俗学好きには有名な、あの名文です。
(遠野物語 https://www.aozora.gr.jp/cards/001566/files/52504_49667.html)

実はこの『鍋の中』という作品は、元々『新釈 遠野物語』という短編集の一篇であり、『新釈 遠野物語』は『遠野物語』のパロディになっているのです。

主人公は岩手の港町に住む学生。
入ったばかりの文学部を休学し、ぶらぶらしています。
学費を貯めて医学部にでも入りなおそうと思い、山のなかに新設された国立療養所で働きはじめるのですが、そこである老人と出会います。
おそらくこの設定は、井上ひさし氏自身がかつて入学したばかりの上智大学を休学して岩手の国立釜石療養所で働いていた経験を踏まえているのでしょう。(注1)

その老人の名は犬伏太吉。
療養所近くの山のなかで一人暮らしをしています。
犬伏老人と懇意になった主人公はたびたび犬伏老人を訪れ、犬伏老人はその度にいろいろな小話を語って聞かせます。
『新釈 遠野物語』は、この犬伏老人が語る話を集めた枠物語の形式をとっています。
山村の喜怒哀楽を笑いで包んだ、「語り」の魅力を最大限に活かした短編集です。

そんな『新釈 遠野物語』の1作品目である『鍋の中』は、まさしくこのアンソロジーにおいても冒頭を飾るにふさわしい作品だといえるでしょう。

よかった箇所②

「ところでみなさん、ものは相談だが……」老爺はあらたまって一座を見廻した。
「橇のくるまでは大分間があるはんて一つこれからみんなで交互に昔噺コでもして山の神さんさ奉るべと思うがどうだす。」

アンソロジーに収められた2作品目、石上玄一郎『魑魅魍魎』の一節です。
岩手の山道を馬車で行く一行は、道中で吹雪に遭い、立ち往生してしまいます。
やむを得ず、山中の小屋に避難することになるのですが、救援を待つあいだ、皆で昔話をすることになります。
そしてこの昔話というのが怪談といってもいいほどの不思議な話ばかり。
方言の効果もあいまって、土俗的な雰囲気を堪能できる一篇です。

よかった箇所③

眼をとじると、Gは青い青い水底に沈んでいる一軒の寂しい旅人宿であった。
そこは外界から絶たれ、水底からの長い忍耐のあとで水面に出るのでなければ、にぎやかな世間と交渉を持つことはできない。(中略)
死霊は青い蛾となって、夜の静寂の、湯の流れる音だけがしみいるように澄んできこえる浴場のガラス窓に来て、力なくぶつかることを繰り返している。

アンソロジーの10作品目、島尾敏雄『冬の宿り』からの一節です。
島尾敏雄といえば『死の棘』で有名な小説家ですが、幼少期はよく福島で過ごしていたそうです。

『冬の宿り』の主人公は、湯治のために鄙びた温泉場を訪れ、孤独な日々を過ごします。
寂しい温泉宿で今日と昨日の区別もつかないような単調な日々を送るうちに、主人公は次第に異常な心理状態になっていきます。

この短編には、あからさまな怪異は一切出てきません。
最後を除き、特に事件らしい事件が起こるわけでもありません。
ただ山間の寂れた温泉宿がひたすらに妖しい。
読んでいるうちに、読者も世間から忘れられた山奥の温泉宿で何か月も過ごしているような気になってくる……そんな一篇です。

まとめ

ここまでアンソロジーに収められた小説をメインに紹介してきましたが、この本には小説だけではなく、ルポタージュやエッセイ、短歌も収録されています。

例えば、寺山修司の『きりすと和讃』。
これは寺山修司が、青森県三戸郡新郷村にある「キリストの墓」を訪れた経験を綴ったルポタージュです。
青森にキリストの墓があるというのは驚きですが、寺山修司はこうした伝承が生まれた背景を、青森の精神風土も踏まえて考察しています。

また、長谷部日出雄の『死者に近い土地』。
こちらは青森の死生観を扱ったエッセイです。
「津軽は死者に近い土地である」という仮説から始まり、「津軽は、『死』からは遠く、『死者』には近い土地であってほしいとおもう。」という願いで終わるこのエッセイは、興味深く、また津軽への温かな眼差しに満ちており、読者にある種の感動を与えてくれます。

斎藤茂吉のエッセイや短歌も収められています。
この人は『どくとるマンボウ航海記』で有名な北杜夫の実父です。
明治の山形で過ごした幼少期を綴ったエッセイはユーモアに富んでおり、御一新後の山形の雰囲気をよく伝えてくれます。

このように、アンソロジーのタイトルこそ『みちのく怪談名作選』ですが、小説・エッセイ・ルポタージュ・短歌・古典とバラエティに富んだ内容となっています。
怪談や民俗学好きはもちろん、東北地方に興味のある方々に幅広くオススメしたい本です。

(注1)井上ひさし『新釈 遠野物語』(新潮文庫) 解説より