書評

北村薫『遠い唇』を読んでみた感想!謎解きが好きな方にオススメの本!

 

今回ご紹介するのは北村薫『遠い唇』という作品です。

突然ですが、みなさん謎解きは好きですか?

この作品は15分ほどで読めるものですが、あらゆるところにキーワードがちりばめられている上に、きゅうっと切ない気持ちが残る一作になっています。

「さくっと読みたい!」
「謎解きに興味がある」

という方にぜひ読んでほしい作品です。

【寺脇と同僚の会話】

この作品の主人公は、大学で経済を教えている男・寺脇です。
冒頭部、彼は次のことを考えていました。

分かりきった固有名詞が、時折、出て来ない。
そのくせ、半世紀近く前に聞いた言葉が、突然、はっきりと浮かんで来たりする。

寺脇は同僚と話している中で、無意識に「コーヒー欲る」という言葉を口にします。
聞きなれない表現ですが、「欲る」というのは、欲しくなることを指すんです。

寺脇は同僚に「ごく短い恋みたいなもん」だと説明します。
また、中村草田男の俳句に「大学に来て踏む落葉コーヒー欲る」という作品があることも付け足しました。
実はこの俳句は、寺脇の大学時代に、長内という先輩が教えてくれたものでした。

序盤に出てくるコーヒーや草田男の俳句、これらは謎解きに大きく関わってきます。
一気に謎解きではなく、解く上での要素が少しずつ出てくるのが楽しいですね。

【長内先輩から届いた暗号】

物語は寺脇の大学時代へとさかのぼります。
長内は寺脇と同じミステリサークルの先輩でした。
ショートカットで色白、もの静かな女性です。
長内は文学部に所属する文学少女です。
サークルに関わらず、ミステリアスな印象を受けました。

ミステリサークルの溜まり場は喫茶店で、そこのマスターはコーヒーに凝っている人物でした。
そのため、店内のメニューには様々な豆の銘柄がずらりと並んでいます。

その喫茶店で長内先輩は、草田男の俳句を寺脇に教えたのでした。

寺脇は長内先輩からある日、コーヒーの染み付いたハガキを受け取ります。
そこには謎の暗号らしきものが記されていました。

AB/CDE/FGHI/JKLMK/NMJKCDOの雪/FIPJQKRK/
SMTUIJQKRK/だからRGENSK・TNLT

よーし謎解きだと私は意気込んだのですが、この時点では全く分かりませんでした。
大学時代、寺脇はその暗号を解くことができず、長内先輩は卒業していってしまいました。

さらに1年が経った時、寺脇は人づてに長内先輩が亡くなっていたことを知ります。

だまされていると思う寺脇。

長内先輩と寺脇の仲睦まじいシーンがあった後だったので、時が止まったような、信じられない気持ちでいっぱいになりました。

【見えなかったものが見えるようになる】

いつの日か解けなかった問題が、時間を重ねて見返してみたら「なんだこういうことだったのか!」と解けたときはありませんか?

問題でなくても、昔親に言われたことが、歳を重ねたら「意味あることだった」とふと気づく、なんてことでもいいです。

謎は長く熟してから解けるものがある。

寺脇は大学教授となった今、再び長内先輩からのハガキを見返します。

すると暗号の「NMJKCDOの雪」という部分がくっきりと際立ってきたのです。
長内先輩が昔貸してくれた『ヘミングウェイ全短編』がヒントだったのでした。
その中の一節を当てはめると、「NMJKCDOの雪」=キリマンジャロの雪、というふうに解けるのです。

ここまでくると私もアッと気付きました。
アルファベット1つ1つは別々のカタカナを表しているのだと分かります。
また、寺脇は文字の羅列から、ひと固まりがコーヒー豆の種類を指していることに気が付きました。
それぞれのアルファベットが明らかになった上で、最後の「だから」のあとを埋めてみると…。

だからテラワキクン・スキデス

このとき、寺脇が覚えたのは懐かしさでしょうか。それとも驚きでしょうか。

きっと後悔が漂っているのだろうと私は感じました。
長内先輩と寺脇を繋ぐ喫茶店という場はコーヒーの匂いで満たされています。

コーヒーの香りはとても良いですが、味は苦い。
その性質は、謎が解けたあとの寺脇の胸中とリンクしています。

胸をチクリと刺しますが、思い出さずにはいられない、懐かしい先輩との日々がよみがえってきていることでしょう。最後の一文が素敵です。

寺脇は、半分ほど残ったビールの缶を押しやった。
たまらなく、コーヒーが飲みたかった。

長内先輩が教えてくれた草田男の俳句と重なって、私の涙腺は崩壊しました。

謎解きのあとに切なさが広がる作品です。
本越しにコーヒーの匂いが漂ってくるような感覚になります。

短いながらも、謎解きやツンとした切なさが巧みに描かれた作品でした。

【まとめ】

今回は北村薫『遠い唇』をご紹介しました。

私はコーヒーがあまり得意ではないのですが、この作品を読んだ後飲んでみようかなという気持ちになりました。
できることなら、作品終了後の寺脇と一杯ご一緒したいですね。

謎解きだ!とはりきっていたら、最後はゆるやかな切なさに包まれました。

もちろん謎解き要素もあるので楽しめますよ。
この文庫本には、他にも謎解きが題材の作品が掲載されているので考察が進む1冊になっています。

「面白い形式の作品ないかな?」
「読んでいて自分も楽しめる作品に出合いたい!」

という方、ぜひ読んでみてくださいね。