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あなたは大丈夫?実は間違って使っている日本語8選

あなたは大丈夫?実は間違って使っている日本語8選

今回は、実は間違っている日本語をご紹介していきたいと思います。
というのも、私たち日本人は普段から正しい日本語を使えているでしょうか?
日本語は立場や状況など、さまざまな場面で使い方が変わってきます。

それに、時代の流れとともに造語や流行語などが次々と登場するため、本来の日本語を使う機会が減ってきているように感じます。

また日本語の意味や使い方も、何となくニュアンスで使ってしまっていることもありますよね。
そこで、実は間違って使っていることが多い日本語を詳しく見ていきましょう!

■失笑・・堪えきれずに噴き出して笑うこと

これは日本人のほとんどの人が間違って使っているのではなでしょうか?
失笑と言うと、呆れて笑いが出てしまったり冷ややかな意味での笑いとして使われていることが多いですよね。
人を小馬鹿にして笑うような時に使っている人が多いと思うのですが、本来の意味は正反対です。

小馬鹿にして笑うどころか、笑っていはいけない場面で笑いを堪えきれずに噴き出して笑ってしまうのですから、”失った笑い”と書くのもおかしな感じがしますよね。
どちらかというと”失態の笑い”の方が近い気がします。
失笑を正しく使うのはなかなか難しそうです。

■確信犯・・正義であると本気で信じてやっている

確信犯と言えば、悪いこととわかっていながら行う人と認識している人が多いですが、本来の意味は真逆となります。

あくまでも本人は自分の信念や道徳に基づいて、本気で正義だと信じて行っていることが確信犯の本当の意味なのです。

確信犯というと、「悪いとわかっていながらもやってしまった。」という場合に使いがちですが、実は本人はまったく悪いと思っていないのが正しい使い方です。
何となくそっちの方が怖さが増している気がします。

■議論が煮詰まる・・考えを論じ合い、結論が出せるようになった状況のこと

これも反対の意味で使っている人が多いのではないでしょうか。
多くの人は、行き詰った状況を”煮詰まる”と言いがちですが、これは間違った使い方となります。

たくさん意見を出し合ってもうすぐ結論を出せそうな状況で使う言葉なので、これまで間違って使っていた状況とまったく正反対の状況で使うことになりますね。
正しい状況で使っても誤解されることが多そうです。

■情けは人の為ならず・・人に対して情けを掛けて置けば、いつか自分に返ってくる

本来の意味を知ってかなりびっくりしました。
”情けは人の為ならず”というと、人に情けを掛けても結局その人のためにはならないという意味で使っていたので、何となくかっこよくてストイックな感じがしていい言葉だなと思っていたのですが、結局は自分のためにある意味だと知り衝撃的でした。

つまり、人に情けをかけておけばいつかは自分にとっていいことが返ってくるから、情けは人のためにならず自分のためだということなんですね。
人のためを思っての言葉だと感じていただけに、本当の意味を知ると計算高いイメージに変わってしまいました。
ですが、賢く生きるためのコツなのかもしれません。

■複雑骨折・・折れた骨が皮膚を突き破って出ている状態のこと

複雑骨折と聞くと、骨が折れて粉々になったり潰れた状態でまさに複雑に骨折しているのをイメージしますよね。
ですが、複雑骨折の本当の意味は折れた骨が皮膚を突き破って外に出てきている状態のことなのでかなりの重症ということです。

想像以上に重症なのに、複雑骨折と聞いてもあまりピンとこないのは私だけでしょうか。
少なくとも、折れた骨が外に出ている状態を想像する人はあまりいなさそうですね。

■敷居が高い・・不義理や面目のないことがあり、その人の家に行きにくい

これも間違って使っている人が大半なのではないでしょうか。
敷居が高いと言うと、「あそこのお店は高級すぎて行きにくい。」などと言う意味で使われていることが多いですが、本来の意味ではありません。
ですが、現代では間違った意味の方が浸透している気がします。

■潮時・・ちょうどいいタイミングのこと

潮時というと、手遅れや引き際と言った意味で使っていることが多いですが、必ずしも終わるタイミングのこと指しているわけではありません。
潮時とは本来”ちょうどいいとき”という意味なのですが、いざ潮時と言われるとネガティブに捉えてしまいますよね。

もし恋人に「そろそろ潮時かな」と言われると、ほとんどの人が別れを想像するのではないでしょうか。
ですが、結婚するタイミングとも取れるのです。
受け取る側はついネガティブに捉えがちですが、決してそうではないのであまり深刻に受け止めないようにしましょう。

■姑息・・一時的にその場に合わせること

本来の意味は、一時しのぎやその場逃れという意味なのですが現代では卑怯だという意味で使っている人が圧倒的に多いことがわかりました。

ただ、本来の意味の一時的にその場に合わせるということから、一時的にその場だけでも切り抜けられればいい様子として卑怯という意味合いで使われることが多くなったのかもしれません。

まとめ


間違って使っていた日本語はありましたか?
たとえ間違った日本語だとしても、間違った方が浸透していれば誰でもそれが正しい意味なんだと思いますよね。
本来の意味が時代とともに少しずつ変化してきて、正しい意味を知っている人の方が少なくなってしまうかもしれません。

そうならないためにも、正しい日本語を知っておくことはとても重要なことではないでしょうか。せっかく日本に生まれたのですから、正しい日本語を話せるように心がけていきたいですね。