雑学

訳が分からんけど面白い!!!頭を使うパラドックス3選

頭を使うパラドックス3選

 

こんにちは、しんたろーです!

 

 

あなたはパラドックスって聞いたことありますか?

パラドックスというのは以下のような意味です。

パラドックスとは

・一見正しいことを言っているように見えるけれど実は間違っている

・間違っていることを言っているように見えて実は正しいことを言っている

・完全に矛盾しているという推論

今回はそんなパラドックスをいくつか紹介しますので、どうやったら矛盾を解決できるのかを考えていきましょう。

 

くろ
くろ
お前が頭使う記事とか大丈夫か?
打ったんか?
病院いくか?
しんたろー
しんたろー
実はこういうの好きやねん(笑)

 

二分法のパラドックス

最初のパラドックスはこちら、二分法のパラドックスです。

どんなものかというと

「スタートからゴールまでたどり着くにはまずその間の半分の地点にたどり着く必要がある。
そしてそこからゴールにたどり着くにはまたゴールと今いる場所との半分の点を通る必要がある。
さらにそこを通ってからゴールにたどり着くにはまた半分の地点を通る必要があり、半分の半分の半分の・・・と区切っていくと無限に半分の点があり、ゴールには永遠にたどり着くとこができない・・・」

というものです。

なんかそれっぽいこと言っていますが、実際にはスタートからゴールにたどり着けないなんてことはありません。

 

ではこの推論をどうにかして崩してください!!!

 

 

自分がゴールに向かって歩くことを想像すると、半分まで行ってさらに半分まで行って・・・となります。

ゴールまであと0.1mmもないのに、今度は0.05mmだけ進んで、そしたら残り0.05mmだから0.025mmまで進んでそしたら・・・

なんてことしていたら絶対にたどり着けないように思えます。

 

ただ、これは距離を無限に切り分けているだけで、自分の進む早さが一定であれば1mを100個に分けたとしても別に関係ありません。

陸上のトラックに何本も線が引いてあったとしてもかかる時間は同じです。

もちろん無限に分けたからといって無限に時間が必要なわけではありませんよね?

このパラドックスは、無限に分けられること無限に増えていくことを上手に勘違いさせています。

ケーキを無限に切り分けたとしても全体の量は変わらないのです。

大体このパラドックスが正しいとすれば、最初の半分の地点にたどり着くのにも同じようなことが言えますね。

まず半分にたどり着けないはずなのに、そこは勝手にたどり着けるのがおかしな話です(笑)

抜き打ちテストのパラドックス

続いてのパラドックスはこちら

「先生が来週のどこかで抜き打ちテストをする、と言った。
すると生徒はこう考えた。

もし木曜日に抜き打ちテストがなかったら金曜日に必ずある。
つまり金曜日にテストをすることはないだろう。
ならば木曜日にあるのか・・・
ただ水曜日にテストがなかったとしたら金曜日にテストがないので木曜日に絶対にある。
ただこれだと、水曜にテストがない時点で木曜にあることが分かってしまうため木曜にもないぞ・・・
という風にしていくと、テストは行われないことになる。
と高をくくっていましたが普通に抜き打ちテストがありました。」

一見正しそうな生徒の推論ですが、なぜテストは行われてしまったのでしょうか?

まず私が思ったのは、そもそもこれは抜き打ちテストではない、ということです。

生徒は予測ができるのなら抜き打ちテストはできない、と考えています。

しかし、そもそも来週のどこかで抜き打ちテストがあるということは予測できるのですから、完全な抜き打ちテストとは言えませんね。

生徒の方も抜き打ちテストは行われないと結論づけていますが、これはそもそも先生の

 

「来週のどこかで抜き打ちテストをする」

 

という発言に矛盾しているので、安易にテストがないと思い込むべきではなかったのかもしれませんね。

また、どこかにあるはずの抜き打ちテストを予測できない時点、でこれは立派な抜き打ちテストであると考えることもできるような気がします。

予測不可能なものを中途半端に予測できるようになってしまったため、このような矛盾が起きてしまったのです。

砂山のパラドックス

最後に紹介するのはこちらです。

「砂山から砂を一粒取り除いてもそれは砂山である。
つまり一粒取り除いた後の砂山から、また砂を一粒とりのぞいても砂山のままである。
これを繰り返すと、最後の一粒になってもそれは砂山と言うことができる。」

 

これもなんだか合っていそうなことを言っていますが、実際は一粒の砂は砂山とは言えませんね。

ではどう解決しましょうか?

 

まず思いつくのが、○粒以下は砂山ではない、と決めてしまうことです。

しかし、あなたが100粒を砂山と考えたとしても、別に99も101も大差ないのは事実ですし、他の人から見たら1000粒が砂山と砂の境目かもしれません。

「有る無し」ならば万人が受け入れられますが、「多い少ない」のような感覚は人によって異なるので、勝手に設定するのは良くないでしょう。

 

では砂山、砂、その中間という新しい区切りを設定してみましょう。

うまくいったように思えますが、これでも

「ではどのくらいの数になったら砂山は中間になるのか」

というような区切りの問題が復活してしまうので、いい案とは言えませんね。

・・・実はこれ。

なかなか解決できるものではありません・・・

このパラドックスは定義の曖昧なものを数学的な、論理的な式の中に持ち込むべきでない、ということを言うためのパラドックスなのです。

さいごに

真面目に考えていたらかなり頭が疲れていた、なんて人も多いでしょう。

パズルや計算だけでなく、こんな風にパラドックスについてちょっと考えてみることで、いい脳トレになるのではないでしょうか?

暇なときには適当なパラドックスを探して考えてみるのも楽しいかもしれませんね!

 

くろ
くろ
一つ言っていい?
しんたろー
しんたろー
なんだい?
くろ
くろ
ほとんどヘリクツやないか!
しんたろー
しんたろー
バレタカ!(バカタレ)